スイーパーの休日
ドアの開く音がして、この店のマスターが顔を向けた。
「珍しいな。今日はお前一人か?」
閉店後に、顔を出した馴染みの客が尋ねた。
何時もなら仲睦ましくカウンターの中に居る女主人の姿が見えない事に、気が付いたのだ。
「それはこっちの台詞だ、和斗。お前こそ寛弥はどうした?」
マスターの言葉に、保科和斗は肩を竦めた。
「あいつなら、今日は仕事で遅くなるよ」
そう言って、カウンターに腰を降ろした和斗の様子を、マスターが苦笑しながら見る。
「要するに、ふられたわけだ」
「うるさいよ、海坊主。お前だって似たようなもんだろ?」
「美樹なら、今日は香と一緒に出かけてる」
「香と?じゃぁ、そろそろ奴も現れる頃だな」
和斗の言葉に、とたんに海坊主が苦笑する。
脳裏にパートナーに捨てられた男の顔が浮かんだからだ。
和斗の言葉を裏付けるかのように、再び店のドアが開いた。
「何だ、お前も来てたのか」
開口一番、先客の和斗に向かってそう言う。
「その口振りからすると、お前も似たようなもんか」
「俺は、一人を満喫してるんだ!捨てられたお前達と一緒にするな!!」
「がなってるあたり、お前も同じだ。僚」
和斗が隣に腰を降ろした、男に向かって言う。
「和斗に一理あるな」
海坊主の言葉に、僚が顔をしかめる。
「そういえば、お前飯は?」
海坊主の言葉に、僚が反応する。
「一応、不味いながらも作ってあったんでな」
「お前じゃない。和斗の方だ」
海坊主の言葉に、今度は和斗が不思議そうな顔をした。
「俺?」
「ほっとくと飯も食わないって、嘆いてたぞ。ここで」
あえて誰とは言わなくても、和斗には十分理解出来た。
和斗は苦笑すると、海坊主が出したグラスに口をつけた。
「やい!タコ坊主!!こいつにはウィスキーで、何で俺には缶ビールなんだ!!」
僚は和斗のグラスを指差して、海坊主に抗議した。
「お前には缶ビールで十分だ!!」
その言葉に、和斗が苦笑しながら場をとりなす。
「まぁまぁ。そう言わずに、こいつにも出してやれ」
和斗の言葉に、海坊主がしぶしぶ僚にも和斗と同じグラスを出した。
僚は、それを美味しそうに口に運ぶ。
「お前も変わったもんだな」
そんな僚の姿を見て、海坊主が呟く。
「お前だってそうだろ?」
僚が海坊主に問い返す。
「俺は別に変わってないぞ」
憮然とした表情で海坊主が言う。
「いんや、変わった」
瞬時に、僚と和斗が口を揃えた。
「どこがだ?」
今や和斗達と同じく、海坊主もグラスを片手に持っている。
「全体的に」
和斗の言葉に、海坊主が首をかしげた。
自分ではどこも変わった所などないと思っているからだ。
「実際、お前は変わったよ。前だったら、こんな格好で留守番なんか絶対にしなかったよな!やっぱ、美樹ちゃんの影響は凄いよな〜」
海坊主のマスター姿を指差しながら、僚がからかう。
とたんに、海坊主が真っ赤になった。
「誰かさんの影響を一番受けている奴に言われたくないわ!!」
今にも掴みかからん勢いで、海坊主が僚に怒鳴る。
その言葉に、和斗が笑い転げた。
そんな様子を見て、僚と海坊主がしみじみとした口調で言う。
「・・・お前は変わらないよな・・・」
「ほめてんのか?けなしてんのか?」
何とも言えない顔で和斗が言う。
「尊敬してるんだよ」
僚の言葉に、和斗は首を傾げた。
「そうか?俺自身は、結構角が取れたと思ってるんだけど」
「まぁ、確かに丸くはなったよな・・・」
僚がボソッと呟いた。
「確かに、昔のお前に比べればな・・・でも、やっぱり一番変わったのはお前だぞ。僚」
海坊主の言葉に、僚がとても嬉しそうに微笑んだ。
戸惑いつつも、いい方向に今の自分自身を受け入れている事がその表情から分かる。
「そう言えば、相変わらずいい仕事してるな」
海坊主がふと思い出して、和斗に言った。
「今朝の新聞に載ってた、フランスの大実業家暗殺の記事か?」
僚が確認する。
その言葉に、和斗はニヤリと笑うと残りの液体を一気に流し込んだ。
「名前と報酬に恥じる働きはしないさ」
「報酬金額は?」
僚の興味津々といった質問に、海坊主が顔をしかめる。
「下世話な奴だな」
「お前だって気になってるんだろ?」
「俺のは、純粋な興味だ!!お前とは違う!!」
「気になってる事には変わりねぇじゃねぇか」
「同業者としての純粋な興味だって言ってるだろうが!!」
海坊主が怒鳴りながら、僚の胸倉を掴む。
とたんに喧嘩しだした二人の傍で、和斗が平然とグラスにウィスキーを注いで飲んでいる。まるで、二人の事など眼中に無いかのようだ。
『この喧騒の中で、よく平然と飲んでいられるよな・・・』
ミックがそう感嘆した程である。
「で、一体いくらだったんだ?」
言葉のネタに詰まったのか、ただ単に喧嘩に疲れたのか、僚が思い出したように和斗に聞いた。
「覚えてやがったか・・・」
和斗がチッと舌打ちすると、ぼそりと呟いた。
そして、指を一本立てる。
「一千万?安くないか?」
僚が不思議そうに聞いた。
この男が動く時、一億の金が流れると噂されるくらいである。
「妥当な金額だろ?あれくらいの仕事なら」
海坊主の答えに、まぁなと言うように僚が肩を竦める。
「でもお前・・・そんな金額、一体どうやって使うんだ?なんなら俺が・・・」
僚がそう言った時、凄い勢いで店のドアが開いた。
「おのれは〜〜他人の仕事の報酬を心配する暇があったら、自分の所の生活費を心配せんか!!」
凄い殺気と共に一人の女性が店に入って来ると、そう叫びながら正確な狙いで僚の頭にハンマーを振り下ろす。
「・・・ハロ〜〜冴羽さん・・・」
引きつった笑みを浮かべながら、この店の女主人がハンマーの下敷きになっている僚に手を振った。
「・・・やっぱり間に合わなかった・・・」
次いで慌てて駆け込んで来た女性が、店の中の惨状を見て顔を覆った。
「何だ?お前、香と一緒だったのか?」
和斗が顔を覆っている女性に話し掛ける。
「仕事が思いのほか早く終わったから」
「で、手に終えなくなって押し付けに来たわけだ」
和斗が僚に振り下ろしたハンマーにもたれかかっている、既に出来上がった状態の香を指差した。
「・・・さすが、和斗さん・・・いい読みしてるわ・・・」
美樹の感心した言葉に、僚が抗議する。
「いいかげんどうにかしてくれ!!」
僚の言葉に、香がギロリと睨む。
そして、勢いよく僚の耳を引っ張って立たせる。
「ほら!帰るわよ、僚!!」
僚の抗議を完璧に無視して、香が僚を引っ張りながら店を出て行った。
「・・・香さんって、酔うとああなるのね・・・」
美樹が呆然としながら呟く。
「というより、限度を超えるとああなるらしいわよ」
寛弥の言葉に、美樹が不思議そうに聞き返した。
「限度?」
「そ。ある程度の酔いなら、かなり冴羽さんの都合のいいようになるらしいわよ」
「へ〜冴羽さんの都合のいいようにね・・・」
「まぁ、どう酔っ払おうが関係ないんじゃないの?あいつには」
和斗がそう呟くと、外の二人に向かって顎をしゃくった。
「幸せそうな顔しちゃって。やってられないわね」
美樹が僚の顔を見て言った。
「なら、あてられた者同士飲み直すか」
海坊主の粋な提案に、意義を唱える者は誰もいなかった。
言い訳:一度、この3人にじっくり語って貰おうと思っていた のに・・・最後は結局、香の登場とあいなりました。
おかしいな・・・当初の予定では、女性陣は全く出て こないはずだったのに・・・