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「うっ・・・う〜ん・・・」
 香は鈍い痛みがする頭を振りながら、自分が何処にいるのか辺りを見渡し何故こうなったか考えた。
「起きた?香さん」
 その声に、香はハッとして声の主を探す。
 その視線が右前方に止まる。
「寛弥さん?」
 暗がりで顔はよく見えないが、声からしておそらくそうであろうと見当をつけて名前を呼ぶ。
「ごめんなさい、巻き込んだりして」
 寛弥の言葉に、香は慌てて首を振った。
「なに言ってるの!?こっちが巻き込んだかも知れないのよ!!」
 香はいたたまれなくなった。 
 自分と一緒に居たから・・・自分と親しくしていたから・・・だから彼女が巻き込まれたかもしれない。
 シティーハンターのパートナーと一緒に居たから。
 誰も巻き込みたくないから、僚と一緒に生きていくと決心した日から友人との連絡を断ったのに。
「違うのよ、これは冴羽さんとは関係ない」
 寛弥のキッパリとした口調に違和感というか、いいようの無い不安にさいなまれた香は、寛弥の傍に行くために立ち上がった。
「そこに居て!」
 その声のスルドさに、香りの足が止まる。
「お願い・・・」
 寛弥の弱々しい声を聞いて、香は止まっていた足を動かした。
 次第に寛弥の顔が見えてくる。
「寛弥さん!?」
 その顔を見たとたん、香は驚いて傍に駆け寄った。
「大丈夫?」
 香の心配している顔を見て、寛弥は安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、ちょっと叩かれただけだから。見た目ほどダメージはないのよ」
 香はなお心配そうに寛弥を見ていた。
「やぁね、そんなに見ないで。こんな顔を見られるのが恥ずかしかったから、そこに居てっていったのに」
 寛弥のおどけた口調に、やっと香の顔にも笑みが浮かぶ。
「女性の顔になんてことを!!」
 香は姿の見えない自分達をさらった相手に憤慨した。
 そして寛弥の傍らに腰を下ろすと、彼女の少し切れて血が出ている口元に自分のハンカチをあてた。  
「ありがとう」
 寛弥は微笑むと、もういいというようにそっと香の手を降ろした。

「やはり同じ境遇にいると仲がいいですね」
 その声に2人はハッして入り口を見た。
「竹下・・・」
 入り口に立っている男の名を、寛弥は憎しみのこもった声で呼んだ。
「おや?覚えていてくれたとは光栄ですね」
 竹下は涼しげな顔でそう言った。
 人のよさそうなサラリーマン。竹下の第一印象はそんな感じだ。
 だが、香は経験上よく知っていた。こういうタイプが一番危険だということを。
「気に入って頂けましたか?この部屋。10年前を思い出しませんか?」
 竹下の言葉に寛弥は凍りついた。
「一体何が目的なのよ!!」
 香が寛弥をかばうように身を乗り出すと、竹下に向かってそう言った。
「威勢のいいお嬢さんだ。流石はシティーハンターのパートナーだな。」
 竹下の言葉に香りは目を見開いた。
(自分を知っている!?)
「君をみているとここで殺した彼女の友人を思い出すよ。」
 香は驚いて背後の寛弥を見た。
 彼女は怯えた子供のように耳を塞いで震えていた。
「やめて!!」
 竹下の言葉をさえぎるように寛弥が叫んだ。
 竹下はそんな彼女の言葉を実に楽しそうに聞くと、言葉を続けた。
「あぁそうか、君は心を壊して逃げたから覚えてないか」
「いいかげんにして!!」
 香は耐え切れずに叫んだ。
 これ以上彼女の傷を広げたくなかったからだ。
 竹下はそんな2人の様子を見ると、満足げに部屋を後にした。

 竹下が出て行くと、香はホッと息をついて寛弥に声をかけた。
「大丈夫。必ず僚が助けに来てくれるから」
 寛弥を安心させるように、明るい口調でいう。
 そのゆるぎない自身は何処からくるのだろうか。
 寛弥は彼女の強さが羨ましかった。
「・・・・た・・・」
「え?」
 寛弥の小さな呟きに、香が聞き返した。
「あなたが一緒でよかった・・・」
 今度は同じ言葉をもう少し大きな声でいった。 
 香は驚いて目を見張ったが、直ぐに微笑んだ。
「あたしも寛弥さんが一緒でよかった。それに、和斗さんだって心配してる」
 和斗の名前を出したとたん、寛弥の顔が曇った。
「だめね・・・あの人の負担になりたくないのに・・・それなのに・・・またあの人に荷物を背負わせてしまう・・・」
「寛弥さん・・・」
 香はそっと彼女を抱きしめた。
 この人も自分と同じ闇と戦ってきたのだ。
 何時帰ってくるかわからない・・・無事で帰ってくる保証もない男を待ちつづける不安という名の闇と、押しつぶされそうになる自分の弱さと───── 
 自分よりも遥かに長い時間・・・
「香さんにお願いがあるの・・・」
 少し落ち着くと、寛弥が口を開いた。
 そしてそっと香から体を離す。
「あたしで出来る事ならなんでも!」
 香は自分の胸を軽く叩くと、そう言った。
「もし、あたしに何かあったら・・・あの人に伝えて欲しいの・・・」
 その言葉に香はギョッとした。
「何かあったらって・・・まるでもうダメみたいな言い方・・・」
「昔ね、何もかも嫌になって逃げ出した事があるの。心を手放して・・・。今回もどうなるか自信が無い。だから・・・伝える事が出来ない状態になったら・・・伝えて、あの人に・・・」
 そう言って、寛弥はある言葉を香に言った。
 最初は驚いていたが、その言葉の意味を理解した香は神妙な顔で頷いた。
「わかった。確かに伝える。でも約束して、決して最後まであきらめないって。それが引き受ける条件よ」
「わかってる。あたしだってあきらめるつもりはないわ。」
 そう言って笑った顔を見て、香は安心して微笑んだ。
 この人は大丈夫。
 生きる強さを持っている。
 香は確かに寛弥の中にそれを見た。


「まだ分からないのか!!」
 僚は苛立って目の前の人物に怒鳴った。
「落ち着け、僚」
 海坊主は自分を怒鳴った僚に言った。
「これが落ち着いていられるか!?もう1時間だぞ!!香が攫われたって連絡があってから・・・」
 僚は壁に掛けてある時計を指差して、海坊主にくってかかった。
 情報屋から香の事を聞いてから、海坊主にも協力してもらって香の居所を探しているのだが、全くといっていいほど情報がなかった。
 焦りから、今や僚の怒りは頂点に達していた。
「落ち着いて、冴羽さん」
 美樹が言葉をかけた時、店の電話が鳴った。
 海坊主が電話に出る。
「僚、お前和斗の居所を知っているか?」
 海坊主は電話が終わると、僚に聞いた。
「知ってることは知ってるが・・・」
 僚は突然の海坊主の言葉にキョトンとした。
 何故そこで和斗の事を海坊主が聞くのか分からなかった。
「どうやらあっちのパートナーと一緒にいた所を見た奴がいたそうだ」
 その言葉を聞くやいなや、僚は凄い勢いでキャッツ・アイを後にした。
「ねぇファルコン、あたし達はどうするの?」
 美樹は僚の去っていく姿を呆気にとられながら、夫に聞いた。
「行く。僚だけじゃ心配だ」
 海坊主はそう言うと、エプロンをはずしてカウンターから出た。
「確かに今の冴羽さんじゃ心配よね・・・」
 美樹はそう呟くと、海坊主の後を追った。

 ひっそりと静まりかえっている地下室に和斗はいた。
 そして、目的のドアの前まで歩いて行くと鍵を開ける。
 重い鉄の扉を開け、電気を点けた。
 暗闇が一転して明るくなる。
 その部屋は射撃場だった。 
 和斗は感慨深く部屋の中を見る。 
 きれいに整理されている部屋の様子は何時も使っている錯覚を呼び起こす。
 最後にこの部屋を使ってから、7年が経過していた。
(まさか、またこの部屋に足を踏み入れることになろうとは・・・)
 和斗は自嘲気味に笑うと部屋の中に足を踏み入れた。
(違う。またこの部屋との付き合いが始まるのだ・・・相棒と一緒に・・・)
 迷うことなく部屋の右隅にある戸棚に近づくと、持っていた鍵の中から1本選んだ。
 ガラスの扉の中には様々な銃が閉まってある。
 鍵を開け、奥から小箱を大事そうに取り出した。
 それを持つと、白い板で個々に仕切られている台の一つにそっと置いた。
 そしてズボンのポケットから、その箱に合う小さな鍵を取り出すと箱の蓋を開けた。中に入っていたのは一丁のオートマチックの拳銃だった。
「10年振りだな、相棒」
 和斗は愛しげにその拳銃に語りかけた。
「俺の我がままで封印しておいて、今更力を貸してくれなんて身勝手過ぎるか?」
 そう言って、そっと拳銃をなでた。

「広人をこの銃で撃ってから、こいつが持てなくなってな・・・」
 男は背後に現れた気配に向かってそう言った。
「使う意味っていうのを見失っちまったのさ」
「今はどうなんだ?」
 入り口に立っていた僚は、目の前の男にそう言いながら、部屋の中に入ってきた。
「さぁな・・・ただ、今なら使っても許されるような気がする」
 和斗はそう言うと、拳銃を手にとった。そして不具合がないか点検する。
 僚は手じかにあった椅子に座ると、和斗の様子を見ていた。
 正確に言えば、和斗が持っている拳銃をだ。
 その銃は、僚にとっても感慨深いものがあった。
 かつて自分はその銃を羨望の眼差しで見ていた。
 そして、その銃を自分の体の一部のように使う和斗自身にも。 
 和斗が使っている銃は、某有名銃器メーカーの社長が彼の銃の腕にほれ込んで特別に作った代物だ。
 彼の癖を知り尽くして作られたその銃は、世界に一つしかない彼のための銃だ。  
 自分が思ってるようにはパイソンを扱えなかった頃の話しではあるが・・・
「そろそろ行くか、お前さんも落ち着いたみたいだしな」
 その言葉に、僚はハッとした。
 うまく誤魔化したつもりだったが、やはり築かれていたようだ。自分の焦りと苛立ちに。 
「知ってるのか?二人の居場所」
「あぁ、今から行けば丁度いい時間になるだろう」
 和斗はホルスターに銃をしまうと、僚を促して部屋を後にした。                     9