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(全く!何なのよ、あの男は!!人をバカにするにも程があるわ!!)
朱美は怒りながら歩いていた。
昨日のあの男の態度、言葉、どれをとっても思い出しただけで頭に来る。
あんな男の傍に大事な親友を置いておけない。
朱美はそう考えると、もう一度寛弥と連絡を取って説得しようと考えた。
あの口うるさい女探偵には決して自分に内緒で勝手な行動をとるなと言われたが、かまうことはない。
「あの〜仁科朱美さんですよね。麻生寛弥さんのご親友の・・・」
その言葉に朱美が振り返ると、人の良さそうな笑みを浮かべたサラリーマン風の男が立っていた。
「あなたは?」
朱美は訝しげに男を見た。
「すみません。私、竹下といいます。寛弥さんのお母様に大変お世話になった者です」
「それと私がなにか?」
「実は、何十年振りに日本に帰ってきたら、風の噂でお母様が御亡くなりになられたと聞いて・・・せめてお悔やみだけでもと思い寛美さんの行方を探したところ、どうもよくない人物と関わっていると言われまして・・・どうしたものかと寛弥さんのご友人に相談をしたら、何人かの人物にあなたの事を教えられまして・・・その・・・彼女のことをとても心配しているから相談してみてはと・・・」
竹下の言葉と態度からこの男をすっかり信用した朱美は、昨日の一件を話した。
「そうですか・・・その男、余程口が立つと見えますね。彼女がすっかり信用しているとは・・・」
「そうなんです。何かこう・・・彼女の目を覚まさせるようなきっかけがあればいいんですが」
朱美の言葉に、竹下は少し考えこんだ。
「あの〜うまくいくかどうかは分かりませんが、あの男に酷い目に合ったという人物がいまして・・・その人を説得できたら、ひょっとして・・・」
その言葉に朱美の顔が輝いた。
「それ、いい考えです!その人に寛弥を説得してもらったらきっと彼女も目が覚めます!!竹下さん、お願いします!!」
「分かりました。うまく説得できたら、またこちらから連絡をいれます」
そう言って朱美の連絡先を聞きながら、竹下は内心ほくそえんでいた。
「あれ?寛弥さん!」
香はいつものスーパーで見知った顔を見つけると名前を呼んだ。
呼ばれた女性は、辺りをキョロキョロ見渡していた。
そして、その目が香の姿を見つけると驚いて少し目を見張ったが、直ぐにふわりと微笑んだ。
「香さんも夕飯のお買い物?」
寛弥は香が傍に来るのを待って、話し掛けた。
「そうなの。家は大喰らいが一人いるから買い物も大変で」
「そんなに食べるの?冴羽さんって」
「もう馬車馬のように!!」
力説する香を、寛弥は微笑ましく見ていた。
「その点、和兄・・・和斗さんは人並みだから」
「別に和兄でもいいのよ、香さんの好きなように呼んでくれて」
寛弥の言葉に、香は慌てて首を横に振った。
「とんでもない!!寛弥さんに失礼だし・・・それに僚が不機嫌になるのよ、和斗さんの事をそう呼ぶと」
なんでだろう・・・と香は呟いた。
(冴羽さんも苦労するわね・・・)
寛弥は内心僚に同情すると、香に言った。
「冴羽さん家の人にやきもちをやいているのよ。香さんが親しげに呼ぶから」
「やきもち!?僚が!!ないない」
香は即座に否定した。
「そう?冴羽さんって家の人と同じで独占欲が強そうに見えるんだけど」
そんな会話を繰り広げながらも、すっかり主婦が定着している2人。
あれが安いだのこれが高いだのいいながら、買い物を進めていく。
その手際のよさは、周りの主婦が惚れ惚れするほどである。
「香さんの所は何にするの?お夕飯」
「う〜ん、僚の奴はステーキが食べたいなんてほざくけど、家にそんな余裕はないし・・・妥協して生姜焼きかな・・・寛弥さんの所は?」
「家もスキヤキが食べたいって言ってたけど、そんな気分じゃないし・・・肉じゃがでごまかそうかしら。男どもはいいわよね、あれが食べたいこれが食べたいって言うだけなんだから」
「そうよね、作るこっちの身にもなれって感じよね」
寛弥の言葉に香がうんうん頷きながら言った。
「それで手伝ってくれるのかと思えば、メシまだか〜でしょ。いいかげんにしろっていうの!!」
香の言葉に寛弥はおろかその周りの主婦までもがうんうんと頷いている。
主婦の悩みなんて何処の家庭も同じである。
「ぷっ・・・」
突然思い出したように噴出した寛弥の姿をみて、香は自分が何かやったのかと思い慌てて周りを見回した。
会計を済ませ、駐車場に向かう途中である。
「ごめんなさい、香さん。違うのよ」
香の様子を見て、寛弥は慌てて否定した。
「人の縁って不思議だな・・・と思って。だって、昨日まではお互いそ知らぬ顔ですれ違ってたのに、今日からは顔見知りでしょ。しかも、お互い相方が相方だけに何か親近感が沸くって言うか・・・こう・・・」
「昔っからの友達みたい?」
「そう、そんな感じ」
香の言葉に寛弥が合槌を打った。
「ほんと、そう思うと不思議よね・・・人の縁って」
香はしみじみとそう言った。
兄が僚の相棒にならなければ―――
自分が槙村の家に引き取られなかったら――――
おそらく一生知らないで過ごしていただろう。
冴羽僚という人間の存在を――――
それとも何時かは必ず出逢う運命だったのだろうか。
「多分・・・どんな形で出逢っても、後悔はしないと思う」
寛弥の言葉に、香はハッとした。
まるで今の自分の心境を見透かしたかのような答えだ。
「冴羽さんや和斗ってそう思わせる何かがあると思わない?もっとも、そう思うのはあたし達だけかもしれないけど」
「ねぇ、今度飲まない?美樹さんやかずえさん達と」
「いいわね。たまには女同士っていうのも」
「決まりね!」
そう約束して、お互いの車に向かおうとした時、
「寛弥」
聞き覚えのある声に呼ばれて、寛弥は立ち止まった。
香も何かを感じとって、立ち止まって寛弥の方を向いた。
「朱美・・・」
先程とは打って変わって、寛弥の顔がこわばった。
「もう一度、話しをしたいの」
「話すことなんてなにもないわ」
「お願い」
そういってすがりついてくる朱美の姿に、寛弥は激しい嫌悪感を覚えた。
その様子を見て香が近寄ろうとした時、何者かによって香の意識が奪われてしまった。
「この女の命が大事なら、大人しくしたがってもらおうか」
その言葉に寛弥が慌てて香の方を向いた。
そして、香を抱きかかえている男の顔を見た瞬間驚愕の表情を浮べた。
その男の顔を最後に、寛弥もまた意識を手放した。