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「本当に来るんでしょうか・・・彼女は・・・」
朱美は心配そうに隣に座っている麗香を見た。
「心配いりません。彼らが大丈夫だと言ったら、本当に大丈夫ですから」
麗香は朱美を安心させるように微笑んだ。
というのも、約束の時間をもう30分も過ぎているからだ。
「僚、香さんから連絡は?」
麗香は痺れを切らして僚に聞いた。
香が彼女を迎えに行っているはずである。
これ以上遅くなるようなら、R・N探偵社の信用問題にもかかわってくる。
「さっき出たって言ってたから、もうすぐ来るだろ」
僚は気の無い返事を麗香に向けた。
先ほどから麗香を苛立たせている原因の一つに、僚のこのやる気の無い態度が含まれている。
美人の依頼にも関わらず、この僚のやる気の無さ。
それは美樹も疑問に思っていた事だった。
いつもならこちらが呆れるくらいやる気満々なのに・・・。
「なぁ、寛弥さんってかなりの美人なんだろうな」
ミックは僚の脇を肘で小突きながら、小声で聞いた。
「まだ居たんか・・・早く帰れ。お前には関係ないだろ」
僚は呆れた顔をしてミックに言った。
「関係はある!愛しのかずえの友達に一目挨拶をしなければ、ミック・エンジェルの名がすたる」
その言葉に、美樹と僚は深い溜め息をついた。
何の事は無い。あの<死神>が惚れた女性がどんな人なのか見たいだけなのだ。
(気持ちは分からなくも無いけど・・・)
美樹は内心そう思った。
気になっているのは何もミックだけではない。
美樹もファルコンも、そして麗香も気になって仕方がないのだ。
まぁ、理由は個々に違うが――――
その時、扉が開いてようやく待望の人物が入ってきた。
「ごめんなさい。仕事が長引いちゃって・・・」
寛弥の姿を見たミックは、喜んで駆け寄ろうとした足を続けて入ってきた女性の姿を見て、急停止した。
「か・・・かずえ!?」
ミックは最愛の女性の名を呟いた。
「あ〜らミック、どうしてあなたがここに居るのかしら?」
かずえの言葉に刺を感じたミックは急いで頭の中で理由を考えた。
「昨日からやけにかずえちゃん怒ってるけど、何かあったのか?」
僚が小声で美樹に聞いた。
「ナンパに成功した女性とのデート現場を見られたらしいのよ・・・」
美樹もヒソヒソ声で僚に答える。
「かずえさん、とにかく中に入って」
最後にやって来た香が、かずえの背後に声をかけた。
慌ててかずえが香に道を譲った。
「今日はすみません、私の我がままで遅くにお店を使わせてもらって」
寛弥が美樹に謝った。
人が少なく、落ち着いて話せる場所。
寛弥が出した条件を満たしてるとして、美樹の店を閉店後に使わしてもらったのだ。
「いいんです。気にしないでください」
美樹は微笑むと寛弥に名乗った。
「美樹といいます。こっちは主人の・・・」
「海坊主さんですよね。和斗がよろしくと伝えてくれと言っていました」
美樹の言葉をさえぎって、寛弥が言った。
「あいつは一緒じゃないのか?」
てっきり和斗がついて来ると思っていた海坊主は不思議そうに聞いた。
「どうしてもはずせない用事が出来まして・・・それにあなたのお店なら安心だからと・・・」
その言葉に男性陣が思わず息を飲んだ。
暗に、海坊主に仲裁役を買って出るようにと言っているのだ。
これだけのメンツが揃っていて、尚且つ海坊主に仲裁役を頼んだ和斗の考えに知らずに緊張感が高まっていく。
こういった和斗の感は外れたことが無い。
寛弥が一通りの挨拶を済ませるのを見てとった香は、彼女を朱美の向かいに座らせ自分も隣に腰を下ろした。
それを確認したかずえは、カウンターに居るミックのとなりに落ち着いた。
かずえはそっとバックから携帯電話を取り出すと、周りに気づかれないように持った。
その様子にミックが気づく。
普段、かずえが持っているのとは違う機種。
ミックはかずえが一緒についてきた理由が分かった。
かずえは和斗がかけたもう一つの保険なのだ。
おそらく、かずえが持っている携帯電話の短縮ダイヤルには和斗の携帯電話のナンバーが入っているはずだ。
ひょっとしたら、それは寛弥の携帯電話なのかもしれない。
かずえがまずいと判断したらダイヤルする手筈なのだろう。
自分が気づいているのなら、当然僚や海坊主もかずえの様子には気づいているはずである。
たかが自分の女が昔の友人と会うというだけでここまでする男の心理が分からんとミックは思った。
だが、ミックの思いは数分後に覆され、和斗の考えの方が正しかった事をここに居る全員が知ることになった。
「久しぶりね、寛弥」
朱美は嬉しそうに言った。
その口調からは、本当に旧友に再会した喜びがありありと浮かんでいた。
「何年ぶりかしらね」
寛弥も微笑んで言った。
しかし、その口調はどこかそっけない様子だった。
「で、話たい事って何?」
「あの男と別れて」
朱美の言葉に寛弥は大きな溜め息をついた。
「またその話。だったら、何回も言ってるでしょ。ノーよ」
「どうして!」
「それも、何回も言ってる。あたしが別れる気がないのよ」
「脅されてるの?」
朱美の言葉に、寛弥はまた大きな溜め息をついた。
「違う。そうじゃないの」
「だったら、何だって言うの!生活費を工面してもらった義理?」
「そんな事考えたこともないわよ」
寛弥は疲れた口調で言った。
先ほどからの2人の光景に、香や他の面々は呆然として見ていた。
つい何日か前は友人の行方を心配している人物としか映らなかった朱美が、いざ寛弥の姿を前にしたとたんまるでだだっ子の様にしか見えないのである。
「あんな男のどこがいいの?ただの人殺しじゃない」
朱美の言葉に、寛弥は悲しそうな顔をした。
香もまた、その言葉に内心動揺していた。
まるで自分の事を言われているような錯覚にとらわれる。
もし僚との関係を良く思わない友達がいたら、自分もこんな風に言われるのだろうか。
幸いにも絵里子を始めとして今まで再開した友人は皆理解を示してくれた。
(もし同じことを言われたら・・・)
ふと、水の音がして香は我に返った。
そして目の前の光景を見て呆気にとられた。
なんと寛弥が朱美にコップの水を掛けたのだ。
さすがに朱美もこれにはただ呆然としていた。
「今度そんな暴言を言ったら、これだけじゃすまないからね!」
その様子を見て、麗香は慌てて朱美の水のコップを自分の方に寄せた。
(何なのよこの2人・・・冗談じゃないわよ。寛弥さんだけに掛かるならまだしも、まがりまちがって香さんに掛かったら・・・ただじゃ済まない。僚と姉さんに何されるか・・・今後の会社のためにもそれだけは避けないと・・・)
麗香は瞬時にそれだけ判断すると、2人の様子を注意深く見守った。
「どうしてあの男なの?他にもあなたを好いてくれる人ならいくらでもいるじゃない!!なのに・・・何だって自分をレイプしたあげくに婚約者を殺した男なんかと!!」
「!?」
朱美の言葉に、そこに居る全員が息を飲んだ。
寛弥の顔も明らかに蒼白になった。
その様子を見て、海坊主がカウンターから出るのとかずえが携帯電話の短縮ダイヤルを押すのが同時だった。
「・・・もういい・・・ここに来るまでは、あなたに理解してもらえるんじゃないかと期待してたけど・・・無理だったみたいね・・・」
寛弥の力ない言葉に、海坊主の足が止まった。
「今の言葉でよく分かった。もう、理解してもらおうとは思わない。ただ、現実を見て欲しい。それだけ。・・・もう会うこともないわ。お元気で」
寛弥がそう言って立ち上がると、まるで図ったようなタイミングで和斗が姿を現した。
寛弥はしばし呆然と和斗を見ていた。
「話は終わったのか?」
和斗の言葉に、寛弥は我に返った。
「あ・・・うん。それより、どうしてここに・・・」
確か仕事があって来れないと言っていたはずである。
「教授がお前の作ったメシが食いたいって騒ぎだしてな。どうにも手がつけられんから、ここに来たんだ。悪いけど今からいいか?」
「いいけど・・・もう8:30よ?」
寛弥は壁に掛けてある時計を見た。
「本人に聞けよ」
和斗は肩をすくめると、かずえの方を見た。
「かずえさん、悪いけど教授のところまで送ってもらっていいかな?こいつ」
「別にかまわないわよ」
そう言って、かずえは立ち上がると寛弥を促してドアに向かった。
すれ違いざま、かずえは和斗に携帯をそっと手渡した。
「寛弥!」
店を出て行こうとした寛弥の後姿に、和斗は思い出した様に声をかけた。
呼ばれて、寛弥も振り返る。
「忘れるところだった・・・これ置きっぱなしだったぞ」
そう言って、先ほどかずえから手渡された携帯電話を寛弥に向かって放り投げた。
「意味無いだろうが」
和斗のあきれ返った口調に、寛弥はバツの悪そうな顔をした。
「ありがとう」
寛弥はお礼を言うと、かずえと共に店を後にした。
「そうやって何時も監視してるわけ」
朱美の刺のこもった口調に、和斗は視線を向けた。
「その台詞、そっくり返してやろうか?」
和斗の口調も寛弥に対するものとは明らかに違っていた。
「あたしが何時そんな事したっていうのよ!」
聞き捨てなら無いというように、朱美が怒鳴った。
和斗は何も言わずに、ただ肩をすくめた。
「あなたこそ、いいかげんに彼女を解放してあげたら?」
「解放?俺が何時あいつを束縛した?あいつの意思で一緒にいるんだ。そこらへんを取り違えないで欲しいな」
「あの子の意思?冗談でしょ。どこの世界に自分をレイプした挙句に婚約者を殺した男と一緒にいたいと思う人物がいるというのよ!!」
朱美の言葉に、和斗は顔をしかめた。
「いるだろ、一人」
和斗の嘲るような笑みを見て、朱美は立ち上がると和斗の目の前に立った。
「図星でも指されて、殴りにでも来たか」
和斗の言葉に、朱美は思わず手を振り上げた。
「寛弥さんが彼女にしたことをまず謝って」
麗香の言葉に、朱美は我に帰って手を下ろした。
「あいつが何かしたのか?」
和斗は視線を麗香に向けた。
「あたしの依頼人に水を掛けたのよ」
麗香の言葉に、和斗はかすかに目を見張った。
「あいつを怒らせるようなことでも言ったんだろ」
和斗は財布を取り出すと、中から一万円札を3枚抜き取ると麗香の前に置いた。
「一応、クリーニング代ということで」
「受け取らないわよ、あたしは。何でもお金で解決できると思って」
朱美は軽蔑の眼差しで和斗を見た。
「使う使わないはご自由に」
和斗は朱美の態度を気にもとめず、丁度鳴り出した携帯電話を取った。
二言三言、相手に了承の言葉を伝えると電話を切った。
「さてと、用事が出来たんでそうそうに切り上げさせてもらうとするか」
和斗はそう言うと、朱美に向けて言った。
「言いたいことは二つ。一つは今後一切彼女には近づかないこと。もう一つは彼女の過去のことで侮辱するような事は言わないこと。以上だ」
「そんな勝手な言い分が通るとでも!」
「通るかどうかは問題じゃない。それにお願いしてるわけでもない。これは警告だ。もしこの約束を破ったら、俺はあんたが何処にいようと必ずそれなりの報復をさせてもらう。そこらへんを良く言い聞かせてもらえるかな?野上麗香さん」
その言葉に麗香は息を飲んだ。
自分はおろかここに居る誰も自分の名前を口にしてはいない。
なのにこの男は自分の名前を知っている。
伊達に裏の世界に君臨していたわけではない。
「わかりました」
麗香の言葉に朱美は怒りを露にした。
「結局、皆グルなんじゃない!!」
そう言って怒って出て行った朱美の後を麗香が慌てて追いかけて行った。
その様子を見て、和斗はボソッと呟いた。
「悪意の無い悪魔を退治するのは難しいか・・・」
和斗は海坊主に視線を向けると、一連の騒ぎを謝った。
「悪かったな。無理言って使わしてもらった挙句に変な騒ぎになっちまって」
「別にいいですよ」
美樹が言った。
和斗は微笑むと僚に向けて言った。
「悪いがこれからちょっと付き合ってもらいたい。教授がお前に話しがあるそうだ。香もいいか?」
「あたしも?」
何時の間にか和斗の側に来ていた香が不思議そうな声を上げた。
「良く分からんが二人を連れて来いと言われたんでな」
和斗はそう言うと、タバコを取り出して火をつけた。
香は分けが分からないといった顔で僚を見た。
それは僚も同じだった。