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「いらっしゃい、冴羽さん」
美樹は店に現れた僚に言った。
「どう?その後の進展は?」
美樹が聞くと、僚は勢いよくカウンターに駆け出した。
「みっきちゃぁ〜ん。傷心な僕をその暖かい胸で包みこ・・・ウゲェ・・・」
美樹は飛びついてきた僚を、香から対僚用にもらったハンマーで撃退した。
「美樹ちゃんいつの間にそんな物を?」
僚は何とか起き上がるとスツールに腰掛けて聞いた。
「この間、誕生日のプレゼントに香さんからもらったの」
美樹の言葉に僚の顔が引きつった。
「役に立ってるでしょ、それ」
先に来ていた香が美樹に聞いた。
「もう、これ以上ないってくらい重宝してるわ。いい誕生日プレゼントをありがとう」
「どういたしまして」
「で、どう?人捜しの方は」
あれから3日。少しは進展してるだろう。
「それがさっぱり。特殊な漢字でしょ、だから直ぐ見つかると思ったんだけど・・・」
香がお手上げという様子で言った。
「ひょっとしたら、偽名を使ってるかもな」
海坊主の言葉に香は頷いた。
「うん。あたし達もその線も考慮して当たってるんだけど・・・こうも情報がないんじ
ゃあね」
香は麗香の資料の中に入っていた寛弥の写真を見つめた。
「あれ〜寛弥ちゃんじゃん」
香の背後から間の抜けたミックの声がした。
いつの間に来たのか・・・流石は元凄腕のスイーパーである。
「ミック、知ってるのこの人のこと!?」
香は振り返ると首を絞めんばかりの勢いでミックに詰め寄った。
「知ってるもなにも、教授の所に古くからいる助手だよ」
『あ!』
僚と香と美樹が同時に思い立った。
『あの時に教授を迎えに来た女性!』
「うかつだった〜」
香が悔しそうに呟いた。手元にある高校生の頃の彼女の姿。
成長すればあんな感じになるはずだ。
灯台下暗しとはこの事である。
「で、当然彼女の居場所は知ってるんだろうな」
僚の問いかけに、ミックはアッサリ言い放った。
「知らん」
その言葉に、僚と香がずっこけた。
「知らない〜ここまで期待させといて、知らないとはどういうこと!!」
香はミックの首を絞めながら言った。
「か・・・香・・・手、手放して・・・ぐ・・・苦しい・・・」
その声に香が慌てて手を放した。
「お・・・俺は知らんが、か・・・かずえが知ってるよ」
ミックはむせ返りながら答えた。
「かずえさんが!?」
「仲いいんだよ、あの二人。それなのに、かずえの奴俺に紹介してくれな
いんだぜ。酷いと思わないか?」
(かずえさんの気持ちわかるな・・・)
ミックの言葉に美樹と香は思った。
「今からかずえちゃんに案内してもらっていいか」
「それはかまわんぜ。今日は家にいるはずだから」
僚の言葉に、ミックは電話を借りるとかずえに連絡を取った。
教授の家から程近い所に立っている3階建ての建物の前に僚達はかずえに案
内されてやって来た。
周りを森が囲んでいる。
「しっかし、ほんとにプロが住む家か?どっからでも狙撃できるじゃないか」
ミックは周りを見ながら呟いた。
「そうでもないって教授がいってたわ。ここほど安全な場所はないって」
「教授が?」
ミックは不思議そうな顔をしてかずえに聞いた。
「ここらへん一体、ある財閥の私有地なんですって」
「財閥?」
「そ。藤城財閥」
『藤城財閥!!』
かずえの言葉に全員驚いて唖然とした。
規模がケタ違いである。
藤城と言えば財閥の前に大がつく世界的なコングロマリットである。
その総資産額は、はるかに国家予算をしのぐといわれるほどだ。
「・・・そりゃ確かに世界で一番安全だよな・・・」
ミックは顔をひきつらせて言った。
藤城の私有地ならば、この森にだどり着くまでに侵入者は炭と化しているだろう。
「一体何時までそこに突っ立ってるつもりだ?お前さんたち」
玄関の扉が開いて、和斗が顔を出した。
「あれ?和兄・・・どうしてここに・・・」
香がキョトンとして呟いた。
「ここは俺ん家だ」
『へぇ!?』
和斗の言葉に、香と僚は慌てて表札を確認した。
確かに保科と書いてある。
「とにかく入れ」
和斗に言われて、一同は家の中に入った。
「おい、ここがお前ん家って事はひょっとして・・・」
僚はポカンとして和斗に聞いた。
「寛弥は家内だ」
和斗の言葉に、僚と香は呆然と立ち尽くした。
「どうしたの?この二人」
かずえは不思議そうに和斗に聞いた。
和斗はさぁ?と言うように肩をすくめた。
「聞いてねぇぞ!そんな話!!」
「何が?」
「結婚の事だよ!」
「言わなかったか?」
「言ってない!!」
「お前、俺に聞いたっけ?」
「・・・聞いてない・・・」
「じゃぁ、言うわけ無いじゃないか。聞かれてもいない事をしゃべる義理
はないよ」
「だったら、あの時聞いてたら答えたんか!」
「・・・・・・たぶん」
「その間はなんだ!その間は!!」
「うるさいなぁ、いちいちそんなに怒鳴らんでも聞こえてる」
和斗は眉間にしわを寄せると、なおも怒鳴ろうとした僚を黙らせた。
「がなるな」
僚の顔の前に右手を突き出すと、かずえに話かけた。
「あいつに何か用?」
「ううん、違うの。冴羽さんにここを案内してくれって頼まれただけだから、
もうかえるわ。じゃぁ、ミック行くわよ」
かずえの言葉に、ミックはギョッとした。
「え!?ここまで来たんなら、彼女に挨拶くらい・・・」
「帰ります」
「・・・・・」
無表情にかずえに詰め寄られ、ミックの額に汗が浮き出た。
「それじゃぁ、保科さんまた来ます。冴羽さん、香さん、またね」
かずえはミックの襟首をつかむと、にこやかに手を振って去っていった。
「ちょっと和斗、うるさくって仕事が出来ないわよ。一体何事?」
そう言いながら、2階から一人の女性が降りてきた。
長い髪を軽くアップしている様はキャリアウーマンという感じで、香は思わず
見とれてしまった。
「あら、お客さん?」
僚たちを見て、寛弥は不思議そうな顔をした。
教授かかずえ以外にこの家を訪ねて来る人物など、ここ最近はいないからだ。
「俺じゃない。お前にだ」
「あたしに?」
「話があるんだと」
和斗の言葉に首をかしげながらも、寛弥は僚達に部屋に上がるよう勧めた。
「で、お話というのは・・・」
寛弥はリビングのソファーに僚達を座らせ、二人の前にコーヒーを出すと自分
も僚達の向かいに腰を下ろした。
後方でダイニングテーブルのイスを引く音がした。
どうやら和斗も話を聞くつもりらしい。
「仁科朱美さんをご存知ですよね?」
こういう時、話を切り出すのは香の役目である。
何時の間にか、そういう暗黙の了解が出来ていた。
香の持つ雰囲気やにじみ出る優しさが相手に好印象を与え、緊張をほぐすメリ
ットがある事を僚は知っていた。
だが、香にしてみれば僚の職務怠慢である。
「彼女が何か・・・」
「あなたに会いたいとおっしゃってるんですが・・・」
「嫌です」
寛弥はニッコリ微笑むと、間髪をいれずに断った。
俗にいう絶対零度の微笑みというやつである。
「嫌って・・・」
香は困りきった表情をして、思わず和斗の顔をみてしまった。
僚は香に全てを任せているのか、そ知らぬ顔でコーヒーを飲んでいた。
「そう、無下に断るなよ。困ってるだろ」
和斗が助け舟を出したのが気に入らなかったのか、寛弥は後を振り返る
と、嫌味ったらしく言った。
「へぇ〜え、やけに彼女の肩を持つわね。浮気の相手?」
その言葉に、僚と和斗は飲んでいたコーヒーを噴出しそうになった。
「・・・今俺が何考えてるか分かるか?」
和斗の問いに、寛弥は愚問だというように、肩眉を上げて答えた。
「何バカな事考えてるんだ、こいつ」
「ご名答」
「その心は?」
「槙村の妹だ」
その言葉に、寛弥は驚いて香を見た。
「じゃぁ、あなたが香ちゃん!?」
そう言ってから、慌てて口を手で抑えた。
「ごめんなさい。ちゃん付けは失礼よね。・・・じゃぁ、あなたが槙村さん
ご自慢の香さんか・・・」
「兄貴を知ってるんですか?」
今度は香が驚く番だった。
「ええ、よく広人さんと二人で・・・」
そこでハッとして寛弥は口をつぐんだ。
恐る恐る和斗の方を見る。
「そろそろ時間だから」
そう言って立ち上がる姿を見て、慌てて寛弥も立ち上がった。
「もう、そんな時間?」
そう言って、寛弥は壁に掛かっている時計を見た。
「ちょっとごめんなさい」
寛弥は香達に断ると、和斗を見送るために玄関に向かった。
その様子を見た僚と香は、気まずい雰囲気があの2人に流れているのを敏感
に感じた。
「用事があったんですか?」
戻ってきた寛弥に向かって、香は申し訳なさそうに言った。
「気にしないで」
寛弥は微笑むと、元の場所に座った。
そして、僚の方を見る。
「冴羽僚さんですね」
寛弥が自分の名前を口にしたので、僚は訝しげな顔をした。
たしか、お互い名乗らなかったはずである。
「覚えていませんか?あたしの事」
「?」
「といっても、和斗に会いに行った時にすれ違った程度ですが・・・」
「ああ、あの時の」
僚の記憶に、一人の少女が浮かんだ。
いくら自分が問い詰めても、決してその少女との関係を和斗は答えなかった。
「思い出して頂けましたか?」
そう言った、寛弥の目は強い何かを決意したような強い光があった。
「もう、ここにはこないでください」
寛弥の言葉に香は驚いて目を見張った。
「それは、どういう意味かな」
「かってな言い分だと言うことは分かっています。冴羽さんにも、昔を懐かしむ
権利がある事も十分承知しています。それでも、あえてお願いします」
寛弥はそこで、一瞬ためらった。
「・・・あの人がどういう考えでいるのかは分かりません。でも、この7年間一
度も銃を握ってないんです。だから・・・」
寛弥が何を言いたいのか、僚と香には痛いほど分かった。
もし、本気で引退を考えているのなら、自分達が会いに来ては迷惑である。
その事は、事前に教授にもきつく言われていた。
和斗が会うことを拒否したのならば、コンタクトを取ろうとするなと――――
「そのかわりといっては何ですが、朱美には1度会います。ですから・・・」
「君の気持ちは良く分かった。今後一切こちらから連絡はしないよ」
僚は、寛弥を安心させるように優しく微笑んだ。
その言葉を聞いて、寛弥も安心して微笑んだ。