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「人捜し?」
僚はあらかさまに嫌そうな声で目の前の女性に向けて言った。
「そう言わないでよ、僚」
苦笑しながらも、拝むように手のひらを合わせ、野上麗香はそう言った。
「残念ながら、お前ら姉妹の依頼は受けるなって家の大蔵大臣からきつ〜く
言われてるんでな」
僚はきつくを強調すると、目の前にあるコーヒーを口に運んだ。
喫茶 キャッツ・アイ――――――――
いつものように海坊主をからかうために足を運んでいた僚は、おそらくは
ここだろうと見当をつけてやってきた麗香につかまったのだ。
昼間ここにくれば必ずつかまるという情報が仲間内で流れていることを知ら
ないのは本人のみである。
香にいたっては、僚が来る時間居座る長さまで的確に把握している。
「香さんの許可はすでにとってあるの」
麗香はすました顔でそう言うと、僚の隣に腰掛けた。
僚は思わず飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになった。
野上姉妹の依頼など絶対受けたがらない香である。
(明日は雪か?)
そう思いながら、香が依頼を受けた理由を考えはじめた。
だが、すぐにやめた。さわらぬ神にたたり無し。
どうせ怒りの矛先は自分に向くのだ。
わざわざその機会を作ることはない。日ごろの学習のたわものである。
「もうすぐ依頼人を連れて香さんが来るはずよ」
麗香は自分もコーヒーを頼むと勝ち誇った笑顔を向けた。
「お待たせ、麗香さん」
タイミングよく香が入ってきた。後ろにいる人物に気を使いながら、窓際の
席に腰掛ける。
連れの女性にコーヒーでいいかを確認すると、香は店の主の美樹に告げた。
僚はスツールの向きを香達の方に向けると、依頼人を観察した。
ストレートなロングヘア。スラリとしたスタイル。
まちがいなく僚好みの美人である。
もっとも、この男の普段の行動を見る限り好みがあるのか疑問である。
そんな僚が美人を目の前にしていつもの行動に出ないのが、女性陣には不思議
でならなかった。
僚は視線を依頼人から香に向ける。
香も僚の方に視線を向けた。
不機嫌と不安――――
そんなごちゃ混ぜの感情が香の目にはあった。
どうやら香もこの依頼は乗り気では無い様である。
二人だからこそ可能なアイコンタクトをかわす。
自分も同じだと。
何より僚の中で警告音が鳴り響いていた。
この依頼を受けるべきではないと・・・。
何よりも、香をこの女性と一緒には居させたくなかった。
漠然とした不安――――
依頼人の目。それは人捜しを依頼するようなものではなかった。
彼女の目の光――――
どう見ても殺しを依頼する人間の目だ。
そのギャップこそが、僚に警戒を抱かせ香に不安を与えた原因である。
かといって、麗香の依頼をむげに断るわけにもいかず・・・。
(とりあえず話しを聞くだけ聞いて、嫌ならタコ坊主にでも押し付けるか・・・)
おおよそプロらしからぬ考えを瞬時に頭にひらめかせると、僚は話をうながした。
「人を捜してほしいということだが・・・」
「あっ・・・はい。私の名は仁科朱美といいます。捜して欲しいのは、保科和斗と
いう男性です」
朱美はまっすぐに僚を見た。
いまや瞳は完全に憎悪の色を浮かべている。
「警察には?」
香の発言に、朱美は声を荒げた。
「警察は全くとりあってはくれませんでした!事件性がないからと!!探偵社にも
何件か頼みました!でも決まってどこも同じ返事が返ってくるんです!!調査不可能
って!!」
そう言ってから、朱美は慌てて謝った。
「ごめんなさい。わたしったらすっかり興奮してしまって・・・あまりにも情報がなくって・・・実は・・・本当に捜して欲しいのはその男ではないんです」
朱美はうつむくと、ポツリとつぶやいた。
「親友を捜してもらいたいんです」
「親友?」
香の言葉に、朱美は力なく微笑んだ。
その目に先ほどの憎悪の色は無い。
「はい。彼女の名は麻生寛弥といいます。7年前に突然消息をたってしまったん
です」
「その彼女と男の関係は?」
僚の質問に、麗香が答えた。
「ここから先はあたしが引き継ぐわ」
麗香は持っていたかばんから、分厚い封筒を取り出すと、中から調査書類を出して
確認しながら話だした。
「麻生寛弥。1971年3月31日生まれ。偶然にも香さんと同じ誕生日ね・・・年
は現在30歳。生まれる前に実父が死亡。母親と二人暮し。彼女が小学生の頃に母親
が再婚してるわね。でも夫婦仲はよくなかったみたいね・・・。この義理の父親って言う奴がまた最悪でね。誰かさんみたいに、女とみれば見境無しっていう奴だったみたいよ」
「よくそんな男と一緒になったわね、彼女のお母さん」
美樹は二人分のコーヒーを運ぶと言った。
その疑問に答えたのは、麗香ではなく朱美だった。
「借金のかたに・・・ということでした。あたしの母がその男の家に家政婦として働いてて・・・よくいってました。かわいそうな母娘だって・・・あたしの家も父がいなかったもので、不思議と波長が合うっていうか・・・母を通じて自然に寛弥とも打ち解けるようになったんです」
「じゃあ、今も彼女のお母さんはその男と?」
美樹の言葉に朱美は静かに首を振った。
「いいえ。寛弥が14の時に殺されたんです」
殺しという単語に、その場が静まりかえった。
なにやら不穏な話になりつつある。
それと同時に僚の中で警告音が次第に高くなっていく。
「それが原因かどうかはわかりませんが、2年程彼女と連絡がつかなくなったんです」
「つまり、今回の失踪が始めてではないと」
「えぇ・・・そう・・・ですね・・・」
僚の言葉に、朱美はつぶやいた。
「で、その男とのつながりは?」
僚は麗香に視線を向けた。
「それがね・・・調べれば調べるだけ謎なのよ・・・。経歴・素性一切不明。唯一わ
かっているのが名前だけ。そして、彼女の生活費を振り込んでいたこと。・・・ちょっと
うさんくさいと思わない?振込みだって、何件か銀行を経由してるのよ?普通はしない
でしょ?」
「現代の足長おじさんってか?」
僚はおどけた口調でそう言うと、海坊主の方を見た。
「何だ?」
不機嫌そうに、海坊主は視線を僚に向ける。
「いや。だだ、どっかの誰かさんから似たような依頼を受けたなと思って」
「ふん!」
海坊主は顔をそむけると、お皿を拭きはじめた。
「あたしたちは、男の居所を突き止めて麗香さんに連絡するだけでいいの」
香はコーヒーを一口飲むとそう言った。
「とりあえずはね」
麗香の発言に香はギョッとした。
「ちょっと、麗香さん!約束が違うじゃない!!」
「だって、彼女がその男と一緒かわからないじゃない?一緒にいたとして、その男が
只者じゃぁなかったら?」
「そ・・・それは・・・」
「まさか香さん、一度受けた依頼を断るなんてことはないわよね」
麗香の言葉に香はカックリとうなだれた。
(全部貧乏が悪いんだ・・・)
「じゃあね、僚。連絡待ってるわ」
麗香はそう言うと、念のためと調査書類のコピーを僚に渡した。
そして、朱美を促して店を出ようとした。
僚は気のなさそうに、書類をパラパラとめくると、ある個所で留まった。
保科和斗と書かれてある文字。
(平和の和に北斗七星の斗・・・和斗。偶然か・・・?)
「麗香!」
ドアを開けた麗香は、僚に呼ばれて振り返った。
「殺された義理の父親の名前は?」
「書類に・・・」
といいかけて、麗香は口をつぐんだ。僚の雰囲気がそれを許さなかった。
今や僚の中の警告音はけたたましく鳴響いている。
「見城兼継といいます」
先に外に出ていた朱美が答えた。
その名前に、僚と海坊主が反応したことに、すでに表に出ていた麗香と朱美は気づか
なかった。