12

「フフ・・・」
 急に思い出し笑いをした香を、僚は訝しげに見た。
「何だ?」
 僚の視線を感じて、香は横を向いた。
「何でもないの。ただ、寛弥さんの事を思い出しただけ」
 そう言うと、また可笑しそうに笑いだした。
「彼女がどうかしたのか?」
 僚は香だけがしっているという事が面白くないので、ついムッとした口調で尋ねた。
「昼間会いに行ったの。そしたらね、偶然2人が喧嘩してるところに出くわしたのよ」
「人の不幸は蜜の味か?」
「違うわよ!」
 僚の言葉に、香は怒って枕を投げつけた。
「何ていうか・・・その様子がね、駄々こねてる子供をあやしてる父親って感じがしたのよ。可笑しいでしょ?あの寛弥さんがよ」
「へぇ〜彼女がね・・・」
 僚は感心無さそうに返事をすると、サイドボードのタバコに手を伸ばした。 
「羨ましかった・・・」
 香の呟きに、僚は思わず香をまじまじと見た。
「何?」
 香は不思議そうに僚を見た。
 先ほどの呟きを僚に聞かれているとは思いもしていないのだろう。
 そこには何時もの笑顔を見せる香がいた。
「お前、ああいう家庭に憧れてるのか?」
 僚の言葉に、香は驚いて目を見開いた。
 しばらくすると、ふわりと微笑んだ。
「違うわよ。羨ましいのは家庭じゃなくて2人の関係。ああやって何でも言い合えるって素晴らしい事じゃない?」
 香の言葉に、僚は内心ホッとしていた。
 その様子を敏感に感じとった香は、ここ最近の僚の考え込む様子にようやく思い至った。
 またろくでもない事を考えていたのだろう。ろくでもないとは言い過ぎかもしれない。僚にとっては真剣に考える事なのだから。
 香は内心溜め息をつくと、僚に笑いかけた。
「寛弥さんもあたしも何も違わないわよ。だって僚は必ず帰ってきてくれるでしょ?あたしのところへ」
 その言葉に、僚はビックリした。
(言うようになったもんだこいつも・・・)
「あんたが最近何を悩んでるか知らないけど、明けない夜はないのよ」
 今日2度目の言葉に、僚は呆然と香を見た。
「お前・・・その言葉・・・」
「兄貴がね、昔誰かに言ってたの。誰だったかは知らないけど。確かこんなような事を言ってたと思う・・・大切なのは夜にしがみつくことじゃなく日が射すほうに進む事だって。夜が必ず明けるように、悩みも何時か晴れるから。日が射す瞬間を見逃すなって・・・まぁ要約すると、うだうだ悩むなって事かな」
「・・・お前、要約しすぎ」
 僚は呆れた口調でそう言うと、灰皿にタバコをもみ消した。
 もう悩む必要は無いのだと・・・
 今は亡き親友から、そう伝えられたような気がした。
 裏の世界で名声を欲しいままにしている自分と、神と崇められている男。
 一度袂を分かった自分達の道は、決して交わることは無かったはずだ。
 自分達の道を交わらせたのが、ただの元刑事だなんて一体誰が信じるのだろうか。
 何故槙村が和斗と親しかったのか・・・問題はまだまだ山積みだ。
 だが今は、このぬくもりを大切にしたい。
 僚はそう思うと、香に浸るべく彼女の唇に自分の唇を重ねた。
 
 香はしばらく記憶を探っていた。