11

「・・・銃声?」
 その音に真っ先に反応したのは香だった。
「やけに騒々しくない?」
 寛弥はしばらく階下の音に耳を傾けていたが、その音が自分が想像していたよりも凄いことに気が付いた。
「・・・たぶん・・・海坊主さんが一緒だと・・・」
 香が何とも言えない顔をした。
 なんとなく香の表情から察すると、寛弥は溜め息をついた。
(ひょっとして家の人も参戦してたりして・・・)
 伊達に何十年も一緒にいるわけではない。夫の行動はだいたい分かる。
 特に、こういう時にどう動くかは・・・。
 
「くそっ!!」
 叫び声と共に、一人の男が入ってきた。
 竹下とはまた別の男だ。
「あいつらのせいでこっちの計画が全部パァだ!」
 男の表情には恐怖が見え、目は憎悪にあふれていた。
「自業自得じゃない!!」
 香が男に向かって怒鳴った。
「黙れ!!そもそも竹下が悪いんだ!この女を使えばうまく行くっていったくせに!」
 男はそう言うと、ドアの影から一人の女性を連れてきた。
 その女性の顔を見て、寛弥は溜め息をつき、香はあっ!?と思い出した。
 自分達が捕まる時に最後に見た顔が彼女だった。
「朱美さん・・・あなた何考えてこんな事に手を貸したの!?」
 香はハッキリと嫌悪の表情を浮べて朱美に問いただした。
 つい何日か前に本人の口から出た親友という言葉は何だったのだろうか。
「あなたを救おうと思ったのよ!あの男から!!」
 朱美は必死な顔で寛弥に言った。
「その結果がこれ?関係ない香さんまで巻き込んで?」
 寛弥の声の冷たさに、朱美の肩がビクッと振るえた。

「おしゃべりはそれくらいにしてもらいましょうか?」
 その声に、部屋に居た全員がドアに注目した。
「誰がここに入っていいと言った?西川」
 竹下の声に、西川の顔が恐怖で引きつった。
「俺はただ・・・」
「言い訳はいい」
 西川の言葉を遮ると、竹下は躊躇無く西川を撃ち殺した。
 目の前の非日常的な光景に、朱美は放心して地面にへたれこんだ。
 無理もない。普通に暮らしていればこんな事には一生出会うことはない。
 だが、さすがというべきか寛弥も香も顔をそむけるが、意識を手放す事は無かった。
 この世界で生き残りたければ自分を見失わない事だと教えられているからだった。
「まさかファルコンまで来るとは予想外でしたよ」
 竹下はそう言うと、寛弥達に立つように拳銃で促した。
「どうするつもり?逃げられないわよ」
 香の問いに、竹下は唇の端を歪めた。
「君達が居れば、彼等も手は出せないでしょう?」
 竹下の言葉に、香は悔しい顔をした。
「何処へ行くつもり?」
 寛弥は背後にいる竹下に向かって尋ねた。
「直ぐにわか・・・」
 竹下の言葉と、一発の銃声が重なった。
 竹下は慌てて手じかな部屋に2人を押し込んだ。
 その後を一人の男が追ってきた。
「僚!!」
 その姿を見た瞬間、香は男の名を呼んだ。
「まさか!もう!?」
 その姿を見て、竹下の顔から余裕が消えた。
「親切な連中が先に行けと道を譲ってくれたんでね」
「なるほど・・・」
 竹下はそう言うと、香の頭に拳銃を突きつけた。
「どうする?シティーハンター。パートナーの命か彼女の命か、どちらを選ぶ?」
「俺はただ自分の相棒を取り返しに来ただけだ。彼女は彼女の相棒が助けに来るだろ」
 僚は肩を竦めた。

「2人とも助ける位の事は言えないのか?」
 竹下は右隣からの声に驚いて視線をそちらに向けた。
 そのスキを僚が見逃すわけがなく、竹下の拳銃をはじく。
 僚がはじいた拳銃をすかさず和斗が撃ち壊した。
 その様子を見て、香が寛弥を促して僚の背後に逃げ込んだ。
「大丈夫?2人共」
 何時の間に来ていたのか、美樹が心配そうに香達に声を掛けた。
 寛弥は美樹が持っていた拳銃を見た。
「美樹さん、その拳銃を貸して」
 寛弥の言葉に、美樹と香はギョッとした。
「寛弥さん!」
 香が慌てて寛弥の考えを止めさせようとした。
「渡してやれ」
 男達の同時に発せられた言葉に、美樹と香は自分たちのパートナーに抗議しようとした。
「俺達だけにしてくれないか?」
 和斗の言葉に、美樹も香も驚いた。
「美樹、拳銃を貸してやれ」
 海坊主の言葉に、美樹は文句を言おうと顔を向けた。
「あいつらの問題だ」
 だが、海坊主の有無を言わせない口調に、美樹は愛用の銃を寛弥に渡すと、海坊主と共に部屋を後にした。
 香も僚に促されて部屋を出る。


 建物には4発の銃声が響いた。 
 

 しばらくして、和斗が寛弥を抱きかかえて建物から出てきた。
 寛弥を乗ってきた車の助手席に座らせると、美樹に借りた銃を返した。
「わるかったね。ああでもしないと本人も納得できなかったと思うから」 
 そう言った和斗の表情は何ともいえない顔をしていた。
 この表情がこの男の本心なのだろう。
 受け取った銃の弾数を、美樹は急いで確かめた。
 自分が使った数から減っていない事がわかると、美樹は安堵の表情を浮べた。
 その様子を見て、香も自分が考えていた最悪の結果にならなかった事にホッとした。
「寛美さん、大丈夫なの?」
 香の心配した声に、和斗は安心させる様に微笑んだ。
「気を失ってるだけだ。心配ない」
 その言葉に、香は寛弥との約束を思い出した。
「和斗さん、寛弥さんから伝言があるの」
 その言葉に、和斗は香を見た。
 香は一瞬ためらった後、意を決して口を開いた。
「もう自分は大丈夫だから、肩の荷を下ろしてって・・・」
 和斗の目が驚きで徐々に見開かれていく。
 そして、気を失っている自分の妻の顔を見た。
 しばらくして、ゆっくりと香の方を向いた。
「ありがとう。確かに受け取ったよ」
 その表情は何かを吹っ切ったかのように晴れ晴れとしていた。


 1ヶ月後、僚は久しぶりに和斗と会った。
 場所は和斗の相棒が経営しているバーだった。
「ご活躍、耳に入ってますよ」
 僚は嫌みっぽく和斗に言うと、微笑んだ。
 その様子を見て、和斗は苦笑する。
 死神が裏の世界に復帰したという情報はその日の内に瞬く間に広まった。
「寛弥ちゃん、どうしてる?」
 僚の問いかけに、和斗はかすかに溜め息をついた。
「おかげさまで、ここ暫くは口も聞いてもらえない」
「自業自得だ」
 僚の言葉に、和斗は肩を竦めた。
 先ほどから、カウンターの中にいる和斗の相棒は一切会話に口を挟んでこなかった。
 この中にいる間はバーテンダーとして徹している男の姿勢を、僚は気に入っていた。
「で、話って?」
 和斗は僚に呼ばれた理由を尋ねた。
「聞きたい事があってな・・・」
 僚は言いにくそうに、グラスを弄んでいた。
「俺達とお前達は違うよ」
 その言葉に、僚はハッとして和斗を見た。
「そんな事じゃないかと思った」
 そう言った和斗の目は、手のかかる弟を見るかのように優しかった。
「人が歩く道って迷路の様だと思わないか?スタート地点は皆同じなのに、しらない間に道に迷ってたりゴールに着いてたりさ・・・さしずめ、俺達の歩んできた道は出口の見えない迷路ってとこかな」
 その言葉に、僚は苦笑した。
 出口の見えない迷路とはいい例えである。
「俺達は数ある選択しの中からこの道しか選べなかった。けど、お前達は違う。多くの選択肢の中からこの道を選んだんだろ?二人で。お前が思っている事を香に聞いてみたらどうだ?案外こっちが拍子抜けするくらいあっさりと答えが返ってくるんじゃないか?」
 そんな事言えるか!という僚の表情を見て、和斗は苦笑した
「男と女っていうのは面白いもんでな、男が複雑に考えている事程女は単純に考えているもんだ。まぁ、逆もしかりだがね」
 和斗はグラスの液体を一口飲むと、再度口を開いた。
「俺は大事な事を決める時や重大な決断をする時は、必ず寛弥の意見を聞く。あいつにとって、常にいい選択をしてやりたいからな。それがこんな世界に引きずり込まざるおえなくしてしまった事への償いだと思っているからだ。もっとも、この事を口に出したとたんに怒鳴られるのがおちだがね」
 その言葉に、何か考え込んでいる僚の様子に和斗は複雑な思いに囚われていた。
 この男を自分と同じ様にはしたくはなかった。だから会えて憎まれてでも離れる事にしたのだ。それがまたこうして酒を飲み交わしている。
 再会した時、昔の僚の様子とは明らかに違うのを見て取った。そして内心安堵した。自分が期待した様に変わった事に・・・だがそれだけではない事を敏感に感じとっていた。
 男が変わった一番の原因である女性を見た時、和斗は思わず運命という単語が思い浮かんだ。そして、僚が背負っている苦悩・・・。
 つくづく人の縁とはおそろしいものである。
 彼等と出会った事があらかじめ定められた運命だとしたら、自分のやるべき事は彼等が自分達と同じ鉄を踏まないようにしてやる事だけだ。
「明けない夜はないよ」
 その言葉に、僚は我に帰った。
「キザなセリフだな」
 僚はグラスを口に運ぶと、かすかに口の端を歪めた。
「俺も今ならそう思う」
 和斗も微笑むと言葉を続けた。
「だけど、これを聞いた時は不思議とすとんと心の中に入ったんだよ」
「誰だよ、そんなセリフをはいた奴は」
「俺の生涯一の親友。お前も直接本人から言われれば、納得するさ」
「生涯一って・・・おかしな言い方をするんだな」
「お互い唯一無二の親友と呼ぶには、各々それ以上の相手を見つけちまったからな。それでも、俺にとってはかけがえの無い大切な親友でね。何時も迷路に迷い込むと道を探してくれたし、悩んだ時は背中を押してもらった」
 和斗は今は亡き親友の顔を脳裏に思い浮かべた。
「そういう事をいう奴って、すごく真面目なタイプなんだよな・・・」
 僚の実感の篭った言葉に、和斗は可笑しそうに笑った。
「いい所ついてるよ、お前。確かに超がつくほど真面目だった」
「俺にも似たような親友がいたんだよ」
 その言葉に、和斗は微笑むとグラスを傾けた。
「では、そのお互いの親友に」
 僚も和斗に倣って、グラスを傾けた。
 和斗は残っていた琥珀色の液体を一気に飲み干すと、心の中でこの運命の出会いを画策した張本人に乾杯した。