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「何でお前までついてくるんだよ!!」
僚が和斗と一緒に香達が捉えられている工場跡地に着くと、先に着いていた海坊主に怒鳴った。
「俺がどうしようが俺の勝手だ。お前の指図は受けん!」
そう言って、フッン!と海坊主は横を向く。
「指図って・・・お前には関係ないだろうが!!」
僚もむきになって言い返した。
「まぁ、まぁ。あたしたちも香さんの事が心配なのよ」
美樹が慌てて2人の間に割って入る。
「だったら、美樹ちゃんだけでいいものを・・・」
「何だと!?」
今にも取っ組み合いをしそうな雰囲気だ。
「やかましい!!」
その時、有無を言わせない口調で和斗が言った。
2人の喧嘩もピタリと収まる。
「この歩く騒音共!やる気が無いんなら帰れ!」
その言葉に海坊主が憤慨する。
「俺とこいつを一緒にするな!!」
「そいつはどういう意味だ?」
僚がひきつった顔で海坊主に言った。
「お・ま・え・た・ち・ふ・た・り・が・そ・ろ・う・と・だ」
和斗は嫌味ったらしく一語ずつ区切って言った。
その言葉に、たまらず美樹がふき出した。
僚と海坊主はムッとして2人を睨みつける。
「時と場所を考えろ、バカ共が」
和斗が呆れた顔をした。そして、美樹に顔を向ける。
「苦労するだろ、こいつらが揃うと」
その言葉に、美樹は普段のキャッツ・アイの様子を思い出した。
「あたしはいいけど、香さんが・・・」
そう呟いて、溜め息をつく。
「美樹ちゃん、それはないだろ」
僚が情けない声で美樹に言う。
「とにかく、お互い相棒を助け出さなければ話にならん」
和斗は苦笑すると海坊主達に言った。
その言葉を合図に全員真剣な表情になると、ちりぢりに建物の中に入っていった。
海坊主のバズーカ方を合図にそこら中で銃撃戦が始まった。
「たっく、よくもこううじゃうじゃと集めたもんだ」
僚は空の薬莢を新しい弾と交換しながら、隣にいる和斗に愚痴たれた。
「自分の腕の程度も分からずに、喧嘩を売るバカなんざ吐いて捨てる程いるだろ」
「なるほど」
僚は和斗の言葉に納得した。
確かに、裏の世界で伝説として君臨している男と1,2を争う自分と海坊主が揃う機会なんてそうそうあるものじゃない。名を売りたいと思う連中にとってはいい機会なのだろう。
「ところで、何時まで俺の後ろをくっついているつもりだ?」
僚は相手に反撃しながら、相変わらず隣で涼しい顔して座っている和斗に言う。
「俺にあいつら蹴散らせってか?」
和斗はのほほんとした口調で答える。
知らない人間が聞いたらやる気があるのか疑うような口調だ。
「たまには手伝おうっていう愁傷な心がけがけは無いのかね」
僚ものほほんとした口調で言う。もちろん相手にはちゃんと反撃はしている。反撃はしているが・・・
「つまらん」
僚はそう呟くと、しばらく休憩するために和斗と同じ様に座り込んだ。敵が聞いたらさぞ激怒するであろう、心底つまらなさそうな口調だ。
その間、和斗は瞬時に敵の数を数え直す。
「闇雲に撃ってる割にはあたりがいいな」
その言葉に、同じ様に敵の数を確認していた僚はギョッとした。
「なんで分かった!?」
まじまじと和斗の顔を見る。
「隣にいるとす〜ごく分かるんだよ、お前のやる気のなさが」
その言葉に僚が苦笑する。
「こうも攻撃が単調だとな」
「あっちは結構楽しんでるようだが?」
和斗は海坊主達がいる方向に視線を向けた。
敵が近づき過ぎない様に適当な感覚で反撃していた僚も、和斗の視線を追う様に海坊主達がいる方を向いた。
「あいつは敵の数が多ければ多い程、楽しいんだろ」
「なるほど・・・僚、左45度に雑魚1名」
その言葉に瞬時に僚のパイソンが反応する。
和斗は、首を左右に傾け左肩を軽く回した。
その様子に、僚は懐かしさを感じた。
その仕草は、和斗が戦闘を開始する前のクセだった。
「あそこの階段を上った突き当たりの部屋に香達がいるはずだ」
そう言って、左手に見える階段を指で指した。
「お前はどうするんだ?」
「ちょっとヒビ入れてくる」
そう言った瞬間には、もう和斗の姿は僚の前から消えていた。
「スイーパーより泥棒の方が合ってるんじゃないのか?」
僚はそう呟くと、和斗に教わった階段に向けて走りだした。
(金魚の群れの中にピラニアを放り込んだ心境だな)
僚は敵に同情しながら、心の中で合掌した。
「何してるのかしら、あの2人?」
美樹はふと見た方向の光景を不思議に思って、海坊主に尋ねた。
海坊主もちらりと美樹の見た方向に視線を向けた。
その先には、どうみても雑談している様にしか見えない僚と和斗の姿が見えた。
「あいつら〜」
海坊主は明らかにやる気のない二人の様子に、怒りで肩が震えた。
その怒りは、思わず今から投げようと持っていた手榴弾を、あの2人に投げそうになった程だ。
「ファルコン!?」
美樹は夫の様子を見て、慌てて止める。
もっとも、この時の2人の会話を聞いてたら美樹も止めなかっただろう。
まぁ、これを投げた所であの2人は死なないとは思うが・・・
「それにしても、何で和斗さん銃を抜かないのかしら?」
美樹は夫のサポートをしながら、先ほどから思っていた疑問を口にした。
不謹慎だとは思うが、伝説のスイーパーの腕を見てみたいと思ったからだ。
海坊主は美樹の問いに、苦虫を噛み潰した様な顔になると、盛大な溜め息をついた。
その様子を見て、美樹は聞いた事を後悔した。
夫のこんな顔は初めて見る。
「・・・趣味だ・・・」
「へ!?」
海坊主のボソッとした呟きに、美樹は耳を疑った。
「・・・ファルコン、今趣味っていわなかった?」
美樹の再度の問いかけに、海坊主は心底嫌そうな顔をした。
「3度の飯より僚をからかって遊ぶのが好きなんだ、奴は。そのためなら手段を選ばん」
その言葉に、美樹の顔がひきつった。
「ひょっとして、前に話してた敵の待ち伏せてる林に冴羽さんを放り込んだのも・・・」
美樹の言葉に、海坊主は頷いた。
(聞かなきゃよかった・・・)
美樹は激しく後悔すると、その場にしゃがみこみたくなった。
そして、改めて2人の方を見ると、和斗が何やら僚に指差して教えてる様だった。
僚の方に視線を向けると、了解したと言うように頷いていた。
再度和斗の方を見た美樹は、驚いて目を見張った。
さっき見た時は確かに和斗の姿はあった。
自分が僚の方を向いていたのは、ほんの2,3秒の事だ。
さすがは伝説の男と言われる事はある。
あらかたこちらも片付いたため、美樹は海坊主の姿を探した。
「海坊主、何処にいる?」
背後からのその言葉に、美樹はぞっとして振り返った。
海坊主や僚までとはいかないが、自分もプロである。それも戦場を経験している。その自分が、たった今声を掛けられるまで相手の気配すら感じられないなんて・・・
振り返らなくても、声からして誰だか分かってるが。
「そっちはもう片付いたの?」
美樹は内心の動揺を隠しながら、勤めて冷静に言った。
「たいした連中じゃないしね」
和斗は肩をすくめると、海坊主の姿を探した。
しばらくして、目当ての姿を見つけたのか、和斗は海坊主の名を呼んで呼び寄せた。
「なんだ?」
海坊主が憮然とした表情で和斗に聞く。
「ちょっと頼みたい事があってね」
和斗はそういうと、何やら細かい指示を海坊主に出した。
「それはかまわんが、お前はどうするんだ?」
和斗の指示を了解すると、海坊主が不思議そうに聞いた。
この男の性格からして、今回はやけにおとなし過ぎる。
「とりあえず、僚の後を追いながらボスの行方でも探すさ。そこで物は相談なんだが、美樹さん借りてもいいか?一人で調べるより効率がいいしな」
その言葉に、海坊主は肩をすくめた。
「美樹がいいんならな」
そう言って、美樹の方を見る。
「行くわ。香さん達も気になるし」
美樹はそう言うと、和斗について行った。
「まだこんなにいるのか?」
和斗は階段の踊り場に身を隠しながら呟いた。
敵の数を探りながら、美樹はマシンガンの弾数を確認していた。
「一つ聞いてもいいかしら?」
美樹の問いに、和斗はどうぞという様に無言で頷いた。
「なんで“死神”なの?」
その質問に、和斗は意外な表情をした。
「もっと違う事を聞かれると思った?」
和斗の顔を見て、美樹は可笑しそうにクスリと笑った。
「あいつとのなれそめを聞かれるのかと、気が気じゃなかった」
和斗の軽口に、張り詰めていた緊張が解けた。
そして、いい意味での軽い緊張感が全身を包む。
「それも魅力的だけど、また次の機会にね」
美樹の顔を見て、和斗はそろそろ頃合だと判断した。
緊張しすぎて強張っていた美樹の顔が、リラックスした表情に変わったからだ。
「夜戦が得意だったのさ」
和斗はそう言うと、懐から愛用の銃を取り出した。
「それも、敵に気づかれずに頚動脈を切るのが。それでそう呼ばれたんだよ。まるで死神が鎌を振り下ろす様だってね」
弾倉を外して弾を確認する和斗の手つきを美樹は何気なく見ていた。
「ベレッタM92FS」
美樹の呟きに、和斗は微笑んだ。
「似てる?」
「えぇ・・・ぱっと見には・・・違うの?」
「嫌、あながちハズレではないよ。そのオリジナルみたいな物だから」
その言葉に、美樹はある噂を思い出した。
ある銃器大手メーカーが作り上げた世界で1つしかない拳銃の噂だ。
なんでも当時の社長が、自分をガードした人物の腕に惚れ込んでお礼代わりに作らせたと言われている。この銃がひょっとしたら・・・
「じゃあ、そろそろ行こうか」
和斗の言葉に美樹は思考を中断すると、目の前の事に集中した。
次々と2人の前から敵が減っていく。
圧倒的な腕の差に、逃げだす連中もいる位だ。
和斗の的確に相手の急所を捉えていく様は、まったく7年のブランクを感じさせない。
それどころか、逆に腕の良さをまざまざと見せ付けられる。
美樹が客観的に見ても、その腕は自分の夫や僚と互角といっていい。
嫌、おそらく全盛期はそれ以上だったのだろう。伝説と呼ばれる事はある。
「竹下は何処だ」
和斗は今しがた倒した男に尋ねた。
可愛そうに、その男の顔は恐怖でひきつっていた。
「お・・・おれはしらない・・・ただここにいろってことしか・・・」
「なら、西川は何処だ」
「西川さんならその部屋に・・・」
男は視線である部屋を指した。
「でまかせじゃないだろうな」
「ほ・・・本当だ・・・あそこにいる。女と一緒に・・・」
「女?」
「あぁ・・・何でも人質をおびき出すのに使ったって・・・」
そう言った男の顔が恐怖で蒼白になった。
男は和斗の目を見て、知ったのだ。
自分はこの事を聞き出すために、わざと急所を外された事を・・・
そして、その後は確実に永遠の眠りが待っている事を。
和斗は男の予想通り心臓に弾を打ち込むと、男が言った部屋に向かった。
慎重に部屋の扉を開ける和斗の隣には、何時でも銃を撃てる状態で美樹が待機している。
「仲間割れでもしたか」
和斗のいささかひょうしぬけた声に、美樹も銃を降ろして部屋の中に入った。中央に男の死体が転がっている。
右奥には隣の部屋へ続くドアが半開きになっていた。
そのドアの少し手前に一人の女が呆然と座り込んでいた。
和斗はその女を一瞥すると、男の死体を調べ始めた。
「その男が西川?」
美樹の言葉に、和斗は頷いた。
と言うことは、この女性があの男が言っていた人ね。
美樹はそう考えながら、その女性の顔を見て驚いた。
「朱美さん!?」
自分の名前を呼ばれて、女はのろのろと立ち上がった。
「救い様の無い奴だな」
和斗は朱美の顔を見て言った。
その言葉の冷たさに、美樹は背筋が凍った。
あきらかに今までの和斗の口調とは違う。
(実は、静かに深く怒ってたのね・・・和斗さん)
美樹はそう思いながらも、黙って二人の様子を見ていた。
自分が口を挟む事ではない。それに自分も彼女の愚かさには嫌悪していた。
「何であたしがこんな目に合わなければならないの」
朱美の言葉に、和斗は呆れた顔をした。
「自分の責任を人になすりつけるな。自分で蒔いた種だろうが」
「あなたさえいなければ、寛弥はあんな風にはならなかった!」
朱美はそう言うと、傍に落ちていた西川の銃を拾うと和斗に向けた。
「あんたの都合のいい人物象を押し付けられた寛弥の方がいい迷惑だ」
和斗はあいかわらず銃も構えずに朱美を見ていた。
今にも引き金を引きそうな勢いの朱美をけん制するために、銃を構えようとした美樹の肩に良く知った手が置かれた。
「ファルコン」
何時の間に来ていたのか、海坊主が美樹の後ろに立っていた。そして、
「大丈夫だ」
と美樹に呟いた。
朱美の存在を知っていたのか、予想できたのか、海坊主は彼女の気配に動じる様子も疑問に思う様子も見られなかった。そして、次に起こった出来事も知っていたのだろう。
その証拠に、朱美の後頭部に銃を突きつけた男の存在を和斗も海坊主も何の反応も示さなかったからだ。
「何時、南米から帰ってきた?」
不思議そうな和斗の声と不機嫌な海坊主の声が同時に発せられた。
「つい先程だ」
第三の男は朱美の手を捻って、拳銃を取り上げると和斗に手渡した。
「こいつ、俺の相棒で周防努」
和斗達はもうこの部屋に用は無いと言わんばかりに、美樹達の方に来た。
「ついでに、今回の依頼人」
「・・・・」
美樹の指すような視線が海坊主達に突き刺さる。
その視線は明らかに一体どういうことだと言っていた。
「言っとくが、俺もついさっき知らされたんだ」
海坊主は自分も被害者だと言わんばかりに、美樹に言う。
「冴羽さんは?」
美樹はもう一人の存在を思い出して、和斗に聞いた。
「あいつもしらんよ。もちろん、寛弥もね」
和斗はそう言うと、朱美の方を向いた。
「もうすぐこの建物は爆発する。死にたくなければ、自力で出て行け」
もうお前に用はないという様な和斗の口調に、朱美の肩が揺れた。
「早いとこ僚と合流するか」
和斗はそう言いながら、海坊主達を伴って僚が向かった部屋に歩を進めた。 10