
「ねぇ、飲まない?」
何時もより豪勢な食事を終え、リビングでくつろいでいた僚が香の方に顔を向けた。
見ると、手には酒のボトルとグラスを二つ持っていた。
「どうしたんだよ、それ」
僚が不思議そうにボトルを見ると尋ねた。
「保科さんにもらったのよ」
あえて、僚と2人で飲むようにという部分を省いて説明する。
僚は香がテーブルに置いたボトルを持ち上げてラベルを見る。
あまり聞いた事のない銘柄のシャンパンだった。
密かに、狙っていたビンテージワインやバランタインの年代物でなかった事に残念がった。さすが相棒がバーを経営しているだけあって、彼の酒のコレクションには、僚が喉から手が出るほど欲しい物が何点かあったのだ。
まぁ、あの男がくれるのならばまずいわけがない。
僚は封を開けると、自分と香のグラスにシャンパンを注いだ。
今年も2人で過ごせた事に乾杯する。
僚は一口飲むと、とたんに顔をしかめた。
「どうしたのよ」
香が不思議そうに聞く。
「俺には甘すぎる」
「そう?あたしには丁度いい甘さだけど・・・」
香はそういうと、おいしそうにグラスを口に運ぶ。
自然とピッチが早くなる香を、僚は心配した。
「そんなペースだと、急に酔いがまわるぞ」
「大丈夫よ、そんなにアルコール高くないっていってたから」
香の言葉に、僚が軽く溜め息をつく。
ブラックホールのごとく飲む、あの夫妻にしてみれば炭酸飲料ぐらいの認識だろう。
だが、一応シャンパンである。ビールよりもアルコール度は高い。
既に酔いがまわりつつある香の様子に、僚は内心大きな溜め息をついた。
丁度その時、電話が鳴った。
酔った香が出れるはずもなく、僚は仕方なしに電話に出た。
「もしもし、冴羽商事です」
不機嫌な自分の声など気にもとめず、相手の男がしゃべる。
「俺だ、俺」
その声を聞いたとたん、体が脱力感に見舞われる。
「お前なぁ〜香に飲みやすい酒をプレゼントしてどうする?主役は俺だぞ!俺!!」
「あの酒は香にやったんだ。お前じゃない」
「じゃぁ、俺のプレゼントはどうなったんだよ」
「お前へのプレゼントは、その酒の副産物だ」
和斗の言葉に、僚が嫌そうな顔をした。
「何処の世界に、自分の誕生日に酔っ払いの世話する奴がいるんだよ」
「まぁ、いい機会だから香が酔っ払うとどうなるか知るのもいいと思ってな」
そう言って一方的に和斗は電話を切った。
不通音のなる受話器を持って、僚は立ち尽くした。
繋がらない電話に文句を言っても空しいだけだ。
「おい、香。いいかげんにしないと、明日が大変だぞ」
僚は香の隣に腰掛けた。
とろんとしている香の目を見て、完璧に酔っ払った事を悟る。
「ほら、もう寝ろ」
僚はそう言うと、片付けるためにグラスに手を伸ばした。
その手を香が掴む。
「あたしと飲むのは、嫌なの?」
上目遣いで見られた僚はたまったものではない。
持てうる限りの理性をかき集めて、本能を押し止める。
これは、酔った勢いであって香から誘っているわけではないのだ。
そんな僚の気持を知っているのかいないのか・・・香は僚にもたれかかると、そっと耳元に囁いた。
「・・・傍に居て・・・」
酔いのせいで頬を赤らめ、潤んだ瞳で自分を見つめる香の姿は決して昼間では見ることの出来ない女の顔だった。
僚はたまらず香を抱きしめる。
「ダメ。・・・もっと優しく・・・」
そう言って唇を寄せ、誘うようにソファーに倒れ込む。
香の酔った姿を初めて見た僚は、普段とはあまりに違う様子に戸惑っていた。
こんなにも自分に甘える女だっただろうか。
(しかし・・・何で和斗が、香の酔った時の様子を知ってるんだ?)
だが、僚の疑問も次の香の行動で粉々に砕け散る。
僚が他の事を考えていた事を敏感に感じ取ったのだろう。
香は僚の顔を両手で挟むと、自分の視線に合わせる。
「お願い・・・あたしの事だけ考えて・・・」
そう言って艶やかに微笑む香の姿は、ゾッとするほど強烈な色気があった。
誘う女が罪人なのか―――――
罪と分かっていても誘われる男が罪人なのか―――――
今になってやっと和斗の言う副産物の意味を理解した僚は、ありがたくこのプレゼントを頂戴するために、そっと香に口付けた。
後日――――――
和斗から何を貰ったのかしつこく知りたがったミックの問いに、僚が答えられるはずがなく・・・そしてそれ以後、香の酔った姿を僚以外誰も見ることはなかった。