「出かけるぞ」
その言葉に、香は驚いてまじまじと僚の顔を見た。
「何処へ?」
「飯、喰いにいくの」
「何で?」
香が不思議そうな顔をする。
「お前、自分の誕生日まで自分で飯作る気かよ」
僚の呆れた口調に、香が目を見開いた。
今まで、僚がこんな事を言った事などなかったからだ。
「とにかく、さっさと支度してこい」
僚は顔を赤くしながら、テレのためそっぽを向いて言った。
「ちょっと待ってて」
香は嬉しそうに微笑むと、慌てて自分の部屋に向かった。
「ちょっと、僚!本当にここなの?」
香は僚に連れてこられたレストランの看板を見て、小声で呟いた。
そこは最近人気のでたレストランで、ついこの間美樹と2人で何時かは行きたいものだと話していた所だったからだ。
「いいから」
僚は香の腕を掴むと、店内に足を踏み入れた。
普段の僚からは想像できないが、あらかじめ予約がしてあったようだ。
名前を告げただけで、すぐに席に案内された。
「ねぇ、大丈夫なの?こんな所で食事して」
香が軽く身を乗り出して、僚に囁いた。
自分のサイフの中身を気にする香らしい心配に、僚は苦笑した。
「コースは選べないけど、そのかわりただなんだよ。お得意さん向けの企画の一環らしい」
ただと聞いて、とたんに香が嬉しそうに笑った。
ただほど美味しいものはない。
「でも、よく僚がこの店を知ってたわね・・・ナンパの事しか頭に無いのかと思ってたわ」
香は心底感心して言った。
「あのなぁ・・・」
僚はがっくりと肩を落とした。
半ば当たっているだけに上手く反論できない。
仕方がないので、僚は事のいきさつを正直に話した。
「和斗に貰ったんだよ」
「和兄に?」
「あぁ。本来ならあの夫婦が来るはずだったんだけど、急に出かける事になっただろ?それで、もったいないからって」
「そういえば、今ごろ京都よね。寛弥さん達」
香がいいなーと言う様な口調で呟いた。
「それと、寛弥ちゃんの相談にのったお礼も兼ねて」
「相談?」
「そ。和斗と京都に行きたいんだけど、どう切り出そうって」
何でという顔で香が僚を見る。
「奴は昔あそこで派手に暴れまくったんだよ。だから、あいつの顔を知っている輩が大勢いるの。それ故に、危険も増すわけ。危険が増せば、当然あいつは寛弥ちゃんを連れて来たがらないだろうし、それを知ってる彼女もさてどうしたものかと俺に相談したの」
本当はもう一つ別の件も相談されたが、別に香に言う事ではない。
「寛弥さんも、そうとう煮詰まってたのね・・・あんたに相談するなんて」
「香君、今すぐここを出て行ってもいいのだよ」
香の失礼な言葉に、僚が威張った口調で答えた。
慌てて香が取り繕う。
「ごめん、ごめん。冗談よ」
たまらずに、僚が吹きだした。
つられて香も吹きだす。
こんな穏やかな時間を過ごしたのは久しぶりだった。
2人は運ばれて来た料理を堪能し、食後のデザートを楽しんでいた。
「槙村香様ですね」
一人のウエイターがテーブルに近づいてきた。
手にはかすみ草の花束を抱えていた。
「そうですけど・・・」
香がやや不信そうに返事をする。
本人と確認が取れると、ウエイターは微笑んで手に持っていた花束を香に差し出した。
「保科ご夫妻より、お祝いのお花でございます」
思いもかけないプレゼントに、香が驚いた。
(やってくれる・・・)
僚は内心感心した。
まさに、絶妙なタイミングと言っていい。必然的に、僚も香へのプレゼントを出さざるおえなくなる。
僚は上着のポケットから綺麗にラッピングされた細長い箱を香に差し出した。
「あたしに?・・・開けてもいい?」
僚が香に向かって頷く。
香は壊れ物を扱うかの様に、丁寧に包みをほどいていく。
やがて、現れたネックレスを見て香の顔が変わった。
明らかに動揺している。
「これ・・・」
その様子に、僚が心配して尋ねた。
「もしかして・・・もう持ってるとか・・・?」
その言葉に、香が勢いよく首を横に振る。
「ううん。違うの・・・。前から欲しかった物だったから驚いて・・・」
僚がホッと息をついた。
「でも、どうして?誰も知らないはずなのに・・・」
「偶然さ、和斗に付き合って入った店で見つけたんだよ。お前に似合いそうだな・・・と思って」
僚の言葉を聞いて、香の目にうっすらと涙がにじんだ。
「・・・うれしい・・・ありがとう。大事にする。一生・・・」
「オーバーだな・・・」
僚は優しい表情で香を見つめていた。
「なぁ、香・・・当然フルコースなんだよな。今日は」
帰りの車の中、突然の僚の言葉に香は目を瞬いた。
恐らく、僚が何を言っているのか検討もつかないのだろう。
僚は苦笑すると、そっと香の耳に囁いた。
そのとたん、香の顔が真っ赤になる。
「・・・ばか・・・」
どこか甘い響きがある口調に、僚が満足そうに微笑む。
恥ずかしいのか、香は窓の外の景色を眺めている。
僚に囁かれた言葉が頭の中をぐるぐると巡っていた。
続きは家で。
昼間とは違う僚の声色。香の中の眠っている女心を呼び覚ます魔法の声。
そんな自分を知られたくなくて、僚と視線を合わせたくない。
香の胸中が手に取るように分かる僚は、ちらっと香を見ると微笑んだ。
そんな様子が余計に男心をくすぐるのだという事に、いつになったら気づくのだろうか。
まぁ、先程の一言で、言ってる意味が分かるようになっただけ進歩したと言えるだろう。
香の甘いバースデーはまだ終わりそうにない。
言い訳:前回の続き、香ちゃんバージョンです。
でも、落ちは同じような・・・。
とりあえず、ハッピーバースデー!!