14

「いいの?」
 先程から振動している携帯電話を横目で見ながら、寛弥は和斗に聞いた。
「気になる?」
 和斗は下から寛弥の顔を見ながら尋ねる。
 所謂、膝枕状態の和斗の額を軽く叩く。
 分かっていて聞くなという態度に、和斗は苦笑した。
 そしておもむろに携帯を手に取ると、何やらボタンを数回押す。
 てっきり電話に出ると思っていた寛弥は不思議そうに、携帯を放り投げた和斗を見た。
「仕事じゃないの?」
「違う。今日、緊急以外の連絡入れたら殺すって言ってきたから。それに、何処からかは見なくても分かる。どうせ教授の所だよ」
「あぁ・・・香さんの記憶戻したって言ってたわね・・・」
「あの二人が離れられないのは周知の事実だ。自覚してないのは本人達だけだろ」
 和斗の言葉に、寛弥は肯定するかのように肩をすくめた。
「なら、何で始めから素直に冴羽さんに言ってあげなかったの?」
 気になって仕方がなかった事を寛弥は和斗に聞いた。
 去年の話になるが、義弟夫妻の妊娠騒動の時には和斗は良き義兄を絵に描いたかのように親身になり悩みを説いてやったのだった。
「・・・俺があんな風に告げられたのに、何で僚に親身ならなきゃならんのだ」
 不機嫌そうな顔をする和斗に、寛弥はため息を吐いた。
 誰がどう聞いたってやつ当たりもいいところである。
「・・・冴羽さんも可愛そうに・・・」
 ポツリと呟くと、寛弥は原因となった事に思いを巡らした。


「どうしたんじゃ」
 突然訪れた寛弥を、教授は不思議そうな顔で出迎えた。
「かずえ君ならきょうはおらんよ」
「知っています。だから今日来たんです」
 寛弥の言葉に、教授は何か感じたのか黙って座敷に通した。
 何やら思いつめた様子に、教授は彼女が話し出すまで黙っていた。
 やがて、彼女がゆっくりと口を開いた。
「妊娠しているかどうか調べてもらいたいんです」
 その言葉に、教授は軽く目を見張る。
 が、直ぐに医者の顔になると寛弥を診察室に通した。

「2週目に入った所かな」
 一通り診察を終えた教授は寛弥にそう告げた。
「やっぱり・・・」
 小さく呟いた言葉に、教授が尋ねる。
「病院で検査したのなら、またここでせんでもよかったんじゃないか?それとも、わからんとでも言われたのか?」
「いいえ。ちゃんと2週目だって言われました」
 なら、尚更ここで再検査する理由が分からなかった。
「お願いがあります・・・あの人には黙っていてもらえませんか」
「もちろんじゃ。こういう事は本人の口から聞くのが一番嬉しいものじゃからの」
 教授が優しげに微笑むのとは対象的に、寛弥の表情が翳っていく。
「・・・何か悩みがあるようじゃの。話せるようなら吐き出してしまいなさい。母体に悪い」
「怖いんです・・・あたしは一度・・・いえ、二度もあの人から子供を取り上げているんですよ。なのに、この子は・・・そう思うと慧に申し訳なくて・・・」
「しかし、それは・・・」
「だって、慧はあの人の実の子なのに養子として扱われるのに・・・この子はちゃんとした実子になるんですよ・・・そう思うと・・・」
「一度、ちゃんと和斗と相談しなさい。一人で解決する問題でもないじゃろ」
「そうですね・・・」 
 俯く寛弥に、教授は心配そうに尋ねる。
「最近、会話しとるかね?和斗と・・・」
「やっぱりわかります?」
 寛弥は苦笑した。
「分かってるんです。忙しいことは・・・」
「お前さんの様子に気付いていないとはそうとうな問題じゃな」 
「だって、たまに帰ってきても、倒れるんじゃないかって心配するくらい疲れて帰ってくるのに・・・言えませんよ。今が一番の正念場なんです。足枷にはなりたくない・・・」
 寂しげに微笑む寛弥に教授は医者の顔で言う。
「言わなくても分かってるとは思うが・・・悪阻、そうとうひどいんじゃろ」
「えぇ。実は今日も職場で倒れて・・・」
 寛弥の言葉に、教授はため息を吐く。
「その悩みを解かないと、益々ひどくなるぞ。それに、何時までも隠しとおせんじゃろ。和斗には。どんなに忙しくても、お前さんに関するアンテナは張り巡らせておるからの。あの一件から・・・」
 教授の言葉に反応したかのように、寛弥の携帯が鳴り出す。
「噂をすればじゃな」
 携帯に表示されている名前を見て、教授は意地悪く言う。
 そんな教授を軽く睨みながら、寛弥は携帯に出る。
『はい』
『今、何処に居る?』
『教授の所・・・』
『!?どっか悪いのか?』
『ううん。違う。どうして?』
『いや、お前が倒れたって武藤教授から連絡があって・・・』
『ただの貧血よ。そんなに心配することじゃないわよ。それでわざわざ忙しいのに連絡くれたの?』
『あ、いや・・・それもあるが・・・今日は帰るって連絡をと思ってな』
『いいの?仕事・・・』
 心配しながらも、何処か嬉しそうな口調に、和斗は申し訳ない思いで告げる。
『久しぶりに自分のベッドで眠りたいよ。正直言って。ただ、何時に帰れるかは分からないから、待ってなくていいぞ』
『・・・わかった』
『寛弥?』
 口調に違和感を感じた和斗が心配そうに尋ねる。
『慧や信が寂しがると思って』
『悪いな。色々』
『ううん。こっちは大丈夫。安心して』
 そう言って通話を終えた寛弥に、教授はまたため息を吐いた。
「ほれ、いわんこっちゃない」
「やっぱり隠し通せませんよね・・・」
「バレるのも時間の問題じゃぞ」
「そうですよね・・・分かりました。仕方がないから話します」
 寛弥は決心すると、教授にお礼を言って帰っていった。

 深夜、静かに鍵を開けて和斗は自宅に戻ってきた。
 今にも倒れそうな程、フラフラの状態だった。
「眠い・・・」
 思わず倒れそうになり、和斗は下駄箱に手をつく。
「おかえりなさい」
 私室の扉を開き、慌てて倒れこみそうな和斗を支える。
「大丈夫?」
 そのまま支えながら、寛弥は寝室に和斗を連れて行く。
 和斗は寛弥の手を振り払うとベッドに倒れこんだ。
「・・・話があるんだけど・・・」
 申し訳なさそうに言う寛弥に、和斗は薄れ行く意識を向ける。
「悪い。急ぎの話じゃないんなら、朝にしてくれないか?今はとにかく寝かせてくれ・・・」
 取り付く島もないとはまさにこのことである。寛弥はため息を吐く。
「急ぎってわけでもないんだけど・・・」
「ん〜」
「子供ができました」
「そうか。おめでとう」
 そう言って意識を手放した和斗をよそに、寛弥は口元を押さえて慌てて洗面所に駆け込んだ。その数秒後、寛弥の言葉が脳に伝わった和斗は、ガバッと起き上がると慌てて後を追うように洗面所へ向かう。
「何時分かった?」
 口を濯いでいる寛弥の背中に、和斗が声をかける。
「何が?」
 こちらの意図を分かっていて、あえて分からないふりをする寛弥の様子に、和斗は苛立ちを隠しきれない様子だった。
「寛弥!」
「眠いんじゃなかったの?」
「そんなもん、さっきの一言で吹っ飛んだ」
「それはごめんなさい」 
 棒読み口調に、和斗はため息を吐くと、寛弥の背後による。
 逃げられないよう、背後から寛弥の身体を囲うように洗面台に両手をつく。
「・・・何かしたか?」
 和斗の問いかけに、寛弥は無言で首を振る。
「まぁ、何かする程会ってないしな・・・最高記録か?」
 寛弥は和斗の腕の中で反転すると、抱きついた。
「何を悩んでる?」
 優しく問いかける和斗に、寛弥はしがみつくことでしか答えられなかった。
 何も知らない和斗に自身の悩みを打ち明けることはできない。
「・・・ごめんなさい。・・・ごめ・・・」
 何度も誤る寛弥の背を、和斗は優しく幼子をあやす様に叩く。
「謝ることか?」
 苦笑する和斗に、寛弥は益々抱きついた。
 寛弥の悩みなど知る由もない和斗は、産んでいいのか悩んでいるのだと思ったようだった。和斗の勘違いに、寛弥はあえて何も言わなかった。
「いいの?」
 見上げて聞く寛弥を、和斗は不思議そうな顔で見る。
 キョトンといった表現が当てはまるような顔の和斗を見て、寛弥は思わず吹き出した。
 本当に、この人の素顔を見れる機会に・・・立場に立てた自分が嬉しかった。
「ありきたりだけど、身体に気をつけて」
「うん。ありがとう」
 寛弥は恥ずかしそうに笑いながら、言葉を続けた。
「一気に三人のパパね」
「君も三人のママだろ」
「ふふ。そうね」
 寛弥は背伸びをして優しく和斗の髪を撫でる。そして、その手を頬に当てるとそっと口付けた。
「あたし、幸せよ。あなたに会えて一緒になって子供を授かって・・・」
「・・・・」
 何か言おうと口を開いた和斗の唇に、寛弥は指を当てて黙らせる。
「あなたが失った物全てを与えてあげられないけど・・・あたし達とこの子の五人で幸せになろ。家族だもん」
 寛弥は幸せそうにお腹に手を当てる。
 その言葉に、和斗が泣きそうな表情を浮かべる。
 が、すぐに和斗は寛弥の肩に頭を乗せて、表情を隠してしまった。
「別に隠さなくても・・・」
「うるさい!」
 クスクス笑いながら言う寛弥に、和斗が恥ずかしそうに叫んだ。
 

「あの時のあなたの顔。あたし忘れられないわ・・・」
 からかう寛弥を、和斗は起き上がると軽く睨んだ。
「まぁ、とにかく悪かったよ。あの時は忙しくてお前の悩みにも気付いてやれなくって」
「いいのよ。あれはあたしも悪かったもの」
 おどけた口調で言う寛弥に、和斗がため息を吐く。
「プロポーズすれば殴り倒されるし、妊娠は告げ逃げされるは・・・よくがんばってるよな・・・俺」
「だから悪かったって言ってるじゃない」
 むくれる寛弥を見て、和斗が苦笑する。

「あ!」
 突然叫んだ寛弥に、和斗は何事かと視線を向ける。
 見ると、慧が転んでいた。
 慌てて立ち上がろうとする寛弥を、和斗が制す。
 暫くすると、信も手伝って何とか一人で立ち上がり、また二人で遊びだした。
 その様子に、寛弥は安心した表情を浮かべるが、直ぐに心配そうな顔になる。
「ねぇ、あの子よく何もない所で転ぶのよ。・・・何処か悪いのかしら・・・」
「大丈夫だろ」
 楽観的な和斗の言葉に納得出来ないのか、寛弥が口を開く。
「でも・・・一度検査した方が・・・だって信はなんともないのよ?」
 和斗はチラッと寛弥の方を見るも、直ぐに視線を子供たちに向ける。
「別に異常はないよ・・・仕方がないさ。俺も小さい頃はああだったらしいから。血は争えん」
「え!?」
 さらりと告げられた和斗の言葉に、寛弥は驚愕の表情を浮かべた。
 そんなはずはない。和斗は知らないはずである。
「・・・誰に聞いたの?」
 寛弥は口に両手を当て、震える声で和斗に聞いた。
「和明に呼ばれてね。名付け親になってくれないかって・・・抱いた時にね、直ぐに分かったよ。自分の血を分けた子だって。同時に申し訳ない思いで一杯だった。お前一人に決断をさせてしまった事に・・・」
 溜まらず泣き出してしまった寛弥を、和斗はそっと抱きしめる。
「ごめん、知ってたんだ。君が何であの時俺の元から離れていったのか・・・」
「だから、あの時必死だったの?あたしを連れ戻すのに・・・」
「あれは・・・」
 急に言葉を濁す和斗を不思議に思い、寛弥は和斗の顔を見た。
 口元を手で覆い、和斗はそっぽを向いていた。心なしか顔が赤いような気がする。
「言わなきゃだめ?」
 寛弥は和斗の顔を両手で挟むと自分の方へ向ける。
 にっこり笑った寛弥に、和斗は逆らえない威圧感を感じる。
「・・・最初はお前の選択を尊重しようと思ってたし、俺じゃなくて他の男と幸せになれるんならそれでもいいと思ってたんだよ。でも、駄目だった。あの時、お前が他の男とキスしてるの見たら・・・学習能力がないんだよ。二度も同じ過ちを繰り返そうとしてたんだから・・・後は知っての通りだ」
 正直に自分の気持ちを語った和斗に、寛弥は嬉しくてしかたがなかった。
「一つ聞いていい?」
 震える声を何とか絞り出して、寛弥が尋ねる。
 対照的に、和斗は穏やかな表情で寛弥を見ていた。
「慧の意味は?」
「聡明で、人の心に聡い子になって欲しい。・・・そう願いを込めた」
 その言葉を聞いて、寛弥はもう何も言えなかった。