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「なに見てるんだ?」
話しをするために部屋に入って来た僚は、外を眺めている和斗に声をかけた。
和斗はチラッと僚を見たが、直ぐに視線を外に向ける。
視線の先を追った僚は、教授の庭で香と遊んでいる慧の姿を見た。
「ああして見ると、何も変わらないのにな・・・記憶を失くしてるなんて誰も思いもしない」
「子供は本質を見るからね。大人よりもうまく立ち回るさ」
その言葉に何か感じるものがあったのか、僚は不思議そうに和斗を見た。
愛情に満ち溢れている表情はまさに父親の顔だ。
しかし、それに違和感を感じずにはいられないほど、寂しさと罪悪感が入り混じった目をしていた。
依頼を通して、何度もこの表情に対面したことがある。
僚は心に浮かんだ疑問を確かめるために、口を開きかけた。が、本来の目的を思い出し、そちらを優先することに決める。
「・・・徹さんに会ってきた・・・」
その言葉に、和斗はチラッと視線を僚に向けた。
話を促していると判断した僚は、言葉を続ける。
「全部聞いた」
「そうか・・・」
「・・・香が仕組んだ事だったんだな・・・」
力なく呟く僚を、和斗は黙って見ている。
「不安にならなかったか?」
「何が?」
「俺が・・・嫌、俺達みたいなのが親になることがさ・・・」
僚の言わんとする事は痛いほど和斗には分かる。
「大切なのはさ、なることじゃなくあることだと思うぞ」
その言葉に、僚が不思議そうな顔をした。
「俺達より凶悪な奴らだって立派に親になってるんだ。俺達がなれないわけないだろ」
「そういうことじゃ・・・」
僚の不満を和斗が遮る。
「僚、親にはなることは誰でも出来るんだよ。それこそ、心構えと気持ちの問題だ。でもな、親であり続けることは誰にでも出来るものじゃない。・・・たとえ何があっても、お前は親であり続けられるか?その気持ちがないのなら、香を手放してくれ。その方がお前達のためだ」
何も言い返せない僚を可愛そうに思ったのか、和斗は話を戻した。
「最初に、徹さんの所へ?」
その言葉に、先程の行動を思い出した僚は嫌な顔をした。
「不本意ながら、あの店に行った後だけどね」
「それはごくろうさん」
面白そうに言う和斗を無視して、僚が続ける。
「・・・お前のことだから、先に徹さんの所に行っていたとしても、あの店に行くように仕向けたんだろ?」
自分の言葉に苦笑した和斗を見て、考えが正しかった事を知りため息を吐く。
「実際、うまい話の持っていき方だったよ。微かな香水の残り香と商品名。香という名前。この三つが記憶を思い出すヒントだったとはね。しかも、完璧に思い出すのではなくあんたにも香にも足のつかない程度。そこにヒントになるキーワードを混ぜる。・・・認めるよ。あんたの催眠術はコンダクターの域を超えている」
「俺をあのクズと一緒にするな」
心外だと言わんばかりの口調に、僚が面白がって聞いた。
「お前の催眠術はそのクズに習ったものだろ?」
「基礎はな。でも直ぐにあの男に嫌気がさして、違う人に教えてもらった」
初めて聞く話に、僚は微かに目を見開いた。
「よく分からんが・・・普通は一人の人に専属で学ぶんじゃないのか?」
「普通はね」
含みのある言い方に、僚は和斗の言わんとする事を理解した。
「・・・闇討ちしたのか・・・?」
「いや、正々堂々と正面から」
「・・・」
その言葉に、心底コンダクターに同情する。
(同じ人間に2度もやられりゃ、自殺も考えるわな)
「で、どうするんだ?これから・・・」
それ以上話したくないのか、話を戻した和斗問いに、僚は答えをためらった。
「お前でも分かるように、懇切丁寧に説明してやったんだからな。分かりませんなんてぬかしやがったら、教授の実験モルモットA〜Cコース全てやらすぞ」
「ゲ!」
心底嫌そうに仰け反る僚を、ちょうど部屋に入ってきた教授が悲しそうに呟いた。
「そこまで嫌わんでも・・・ちょっと3日ぐらい寝込むだけじゃ・・・。老い先短い老人のささやかな楽しみではないか・・・」
『その3日寝込むのが問題なんです!!』
いじける教授を見ながら、二人は同時に叫んだ。
「まぁ、その話はまた今度ということで・・・」
その言葉に、二人の顔が引きつる。
「で、結論はでたのかね。僚よ」
「・・・時々、ふと思うんですよ。俺と一緒に居ることは、本当に香の為なんだろうかと・・・」
その疑問に、教授と和斗は唖然とした表情を浮かべてお互いを見合うと、深々とため息を吐いて首を横に振った。
「なんだよ・・・」
「いや。まさか、まだそんな事で悩んでいたとは・・・」
「子供まで作っておいてよく言えるなお主・・・」
「お前、今の発言女性陣には言うなよ。確実にミキサーにかけられて、東京湾の魚の餌にされるぞ」
「教授はともかくとして、お前にだけは言われたくないね!!」
和斗を指差して僚が喚く。
顰め面をしながら、和斗はその指を払いのけた。
「わしも、お前さんがそれを言うのはどうかと思うぞ。似たようなことで何十年も悩んどったくせに。まぁ、お前さんは決断したら、僚とは違って潔かったがね」
「で、香の記憶はもとに戻るんだろうな」
「元に戻していいのか?」
「どうも、今の香は張り合いがない」
その言葉に、和斗と教授は素直じゃないという思いで苦笑した。
「まぁ、僚もこう言っておるんじゃ。元に戻してやれ」
「そうですね・・・」
そう言いながら、和斗は僚の肩をポンと叩くと微笑んで言った。
「かんばって解いてね」
予想外の言葉に、僚は口を最大限に開いたまま固まっている。
「キーワードを設定しとらんのかね」
やや焦り気味で教授が問う。
「してますよ。ただし、香が今一番望んでいる言葉ですけどね・・・」
「で、そのキーワードは!!」
僚が我に帰って、和斗に詰め寄る。
「知らん」
あっさりと言い放つ和斗の胸倉を僚が掴む。
「文句があるんなら、記憶を取り戻した香に言え。俺は依頼通りにしたまでだ」
あまりな答えにしょんぼりとして部屋を出て行く僚の背中を見て、教授が呟いた。
「ほんとは知っておるんじゃろ?」
「本当に知らないんですよ。でも、想像はつきますけどね・・・。まぁ、ヒントは大量に与えたんだから、これで分からなければ“新宿の種馬”は返上するんですね」
「それは言いとして・・・もう一つの問題はどうするんじゃ?」
「もう一つ?」
不思議そうな顔をする和斗に、教授が苦笑する。
「ミック達の誤解を解かんでいいのかね?」
「あぁ・・・暫くは誤解させときます」
その言葉に、何か考えがあると読んだ教授はそれ以上は聞かないことにした。
「にしても、お前さんにしては回りくどいやり方をしたの。今回は」
「俺も賭けてみたんですよ。あの二人に・・・俺達の未来をね・・・」
「その口ぶりじゃと、結論は出たようじゃな」
「おかげさまで」
そう言って微笑む和斗に、教授も満足げに微笑み返した。
「何かあったら、電話ください」
「家に帰るのか」
「・・・いいかげん、帰らしてくれません?」
「知らないおじさん呼ばわりだけはされんようにな」
冗談に聞こえない言葉に、和斗の顔は引きつっていた。