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「とりあえず・・・ミックに聞いた店に行くか・・・」
 僚は一先ず行き先を決めると、歩き出した。
「冴羽さん!!」
 聞きなれた声に呼び止められて、僚は足を止めた。
「一体、香に何をしたの!!」
「絵梨子さん?」
 不思議そうな顔で僚が名を呼ぶ。
 彼女の怒っている理由が分からないのだ。
「この間、香に会ったら深刻そうな顔してるから・・・心配で尋ねたらあなたと関係があるみたいな事言うから・・・」
「それ何時の話?」
 益々わけが分からんという顔で僚が聞く。
「えっと・・・あたしが出張する前に会ったのが・・・」
「一週間前くらい!!」
「・・・のちょっと前くらいだったかな・・・」
「へ!?」
 予想外の言葉に、僚が間の抜けた声を出した。
「何よ、その顔は!」
 僚の表情に更に怒りが湧いた絵梨子は、僚の上着を掴んで食って掛かった。
「ちょ・・・!絵梨子さん!!往来!!」
 その言葉に、幾分か冷静を取り戻した絵梨子は、僚の上着から慌てて手を離した。
「最後に会った日の前って言ったら・・・2週間前の話だろ?あいつ、普段と変わらなかったぜ。・・・少なくとも俺と居たときまでは・・・」
「でも、本当に悩んでたのよ!あたし、ちゃんと香から聞いたもの!!」
「俺の事で悩んでるって?」
「そうよ!!」
「あ!」
 何かを思い出したのか、僚が声をあげた。
「何よ?」
 不振そうな顔で、絵梨子が見つめる。
「あいつ確か、絵梨子さんと会う前に和斗ん所に寄るって言ってたからな・・・どうせそこである事ない事吹き込まれたんだろ」
「・・・和斗さんて・・・香のお兄さんの友達よね?」
「何?あいつの事知ってるの?」
「名前だけ・・・昔から、何かの話しのおりに出てきてたから・・・」
「ふ〜ん」
 面白くなさそうな表情に、絵梨子は内心苦笑する。
(ほんと、香に対する独占欲は相変わらずね・・・)
「ま、そんなに心配する事ないわよ。香、この間合ったときはケロッとしてたから。ただ、一言言ってやろうと思っただけよ。じゃぁね」
 絵梨子は言いたいことを言ってすっきりしたのか、さっさとその場を後にした。
(なんなんだ、一体・・・)
 僚はあっけにとられて、絵梨子の後ろ姿を見つめていた。
 
「ここか・・・」
 僚は一軒の小さなバーの前に着くと、看板を確かめた。
 店に入ると、この店のマスターと思われる人物に声をかける。
「一週間位前に、この店に長身の女性が来なかったか?」
「長身?」
「そ。170くらいかな。モデルばりのルックスの・・・たぶん、待ち合わせの相手は俺と同じくらいの身長の男だと思うんだけど・・・」
 マスターは訝しげな表情を浮かべた。
 いきなり訪ねてきた男に、わけの分からない問いかけをされれば当然の反応と言える。
「あなたと同じ事を聞きに来た人が前にも居ましたよ」
「もう一回、聞きたいんだ」
「このカウンターに座っていて、連れの男性と親しげに話していましたよ。隣の男性をお兄さんと呼んでいましたから・・・御兄妹ですかね・・・」
 ミックが仕入れてきた情報以上の言葉を引き出せない事に、僚はがっくりと肩を落とした。
「この香り・・・」
 ふと、嗅ぎなれた香がしたような気がして、僚がポツリと呟いた。
(ま、どこにでもある香りなんだから、おなじ香水使ってる奴等なんか沢山いるよな・・・)
「香り・・・?」
 僚の言葉に何かを思い出したのか、マスターが呆然と呟いた。
「そう・・・香水の香り・・・確かこんなような香りを纏っていた女性が居たような・・・」
「エタニティー・フォー・メン?」
 僚は唯一香が持っている香水の名を告げた。
 確か、去年のクリスマスに寛弥からプレゼントされたものだ。
 香水の名前を見て、真っ赤になっていた香をからかった覚えがある。
「そうそう。その香り・・・香・・・そう、そんな名の女性が居ました・・・」
「そう!その女性の事で、何か覚えている事はないか?」
「と言われても・・・少しの間居ただけですし・・・お連れの方がいらして暫らくしたら店を出てしまわれたので・・・」
「どんな些細な事でもいいんだ」
「アルコールの駄目な方でしたね・・・」
「アルコールが駄目?」
「えぇ・・・オレンジジュースを頼まれていましたし・・・それに何か悩み事が合ったようで・・・どこかボーとしてましたよ。おそらく、待ち合わせのお兄さんには、悩み事の相談だったのではないかと・・・」
 彼女が飲んでいた飲み物で、僚は香が何を悩んでいたのかを知る。
 ひょっとしたら、2週間前に和斗の家に行くと言うのも嘘だったのではないか。
 自分に香の妊娠を告げに来た和斗は、明らかに初めて知ったという口調だった。
 あれには演技はなかった。
 仮に、寛弥には相談していたとしても、和斗の耳には必ず入るはずである。
 彼女は聡い。和斗の判断を仰がなければいけない事の基準を良く理解している。
 ならば、誰にも相談してはいないのだろう。
 香の性格からそう判断するのが妥当である。
「そう言えば・・・お兄様に相談される前に、誰かに相談していたみたいですね・・・」
「・・・そいつの名前分かるか?」
「・・・愛称なのかな・・・?確か、徹さんって・・・」
 その言葉に、僚の表情が驚きで見開かれた。
「だぁ〜!!」
 そう叫んで頭を掻きかきむしると、僚はしゃがみこんだ。
 また和斗にやられた。
 こんなことなら、初めっから徹の所に言ってればよかった。
(無茶苦茶、時間の無駄じゃねぇか・・・) 
「どうかされたんですか?」
 突然の僚の行動に、マスターは得体の知れないものを見るような目付きで僚を見た。
「いや、何でもないです。ありがとうございます」
 僚は何とか自分を取り戻すと、マスターにお礼を言ってその店を後にした。 

「よう、徹さん」
 僚に声をかけられた靴磨きの老人は、驚いた表情を浮かべた。
「僚ちゃん、こんな所に居ていいのかい?香ちゃんの所へは?」
「へぇ〜・・・徹さん、今香が俺と一緒に居ないの知ってるんだ・・・」
「嫌だな〜僚ちゃん。俺は情報屋だよ」
「ほんと、徹さんいい腕してるよ。香がたいしたことないっていう事まで知ってるんだから・・・俺ら、香が倒れたっていう情報が漏れないように最新の注意を払ったんだけどな・・・」
 その言葉に、思わず徹は自分の口を手で覆った。
 脅しをかけるかのように、僚は音を立てて片足を台に乗っけた。
「徹さん、俺は今気が立ってるんだ。誤魔化されてやろうなんて余裕はないんでね」
 口調は穏やかだが、目は笑ってはいない。
「香の事について話してくれないか?」
 その言葉に、徹さんは驚いたように目を見開くと、息を呑んだ。
「何時・・・気がついたんだい?」
「さっき、香が最後に居たバーに言ってきた」
 その言葉に、徹さんは不思議そうな表情を浮かべた。
「なんだ、いきなり俺の所に来たわけじゃないんだ」
「不本意ながらね。和斗の術中にはめられた。最初、徹さんの所に情報を仕入れに行こうと思っていたんだが・・・とりあえず香の足取りをと思って先にバーに行ったんだ。・・・初めからこっちに来ていればよかったよ」
「・・・相変わらず、和斗さんに遊ばれてるね・・・僚ちゃん・・・」
「しみじみと言わないでくれる?・・・後で、絶対にあいつに文句言ってやる!!」
「やめときなよ、僚ちゃん。どうせ、相手にされないか、言い負かされるかのどっちかなんだから」
 もっともな意見に、僚はグッと言葉を詰まらせた。
「2週間ほど前だったかな?香ちゃんがふらりと訪ねてきたんだ」
 徹の話しに、僚の表情も自然と真剣になる。

「“記憶を消せるプロを知らないか?”って聞くから・・・“仕事かい?”て尋ねたんだ」
「香はなんて?」
「妙に歯切れの悪い口調で、仕事だって答えたんだ。その様子がどうも気になったもんだから・・・」
「和斗の名前を出したのか」
「だって、一番安全だろ?何かあっても彼ならフォロー出来る。それに・・・死神とシティーハンターに喧嘩を売るような馬鹿はいないだろうしね」
「その次の日だったかな・・・和斗さんがコンダクターの居場所を聞きに来たのは。まぁ、元々頼まれていた事だったから、直ぐに教えたけど・・・」
「何で、奴はコンダクターを?」
「確かな情報じゃなかったから、僚ちゃんの耳にはまだ入れてなかったんだけど・・・どうやら奴さん、寛弥ちゃんと香ちゃんを狙ってたんだよ」
「あ!何か、今嫌な想像した」
「・・・多分、その想像はかなり当たってると思うよ」
「じゃぁ、なにか?コンダクターは最初は寛弥ちゃんを狙って、失敗したから香に矛先が向かったってわけ?」
「大体はね・・・どうやら、見初めちゃったらしいんだよ。コンダクターが寛弥ちゃんを。それが和斗さんに見つかって、返り討ちに合ったところに香ちゃんの登場。コンダクターにしてみればいいチャンスだったと思うよ。恨みのあるシティーハンターの相棒と自分を痛めつけた死神が親しげに接しているんだから」
「が、それも失敗して地獄行きか」
「まぁ、この界隈で手を出してはいけない女性ベスト5に手を出したんだから、当然といえば当然だと思うよ」
「・・・何?そのベスト・・・」
 僚が呆然とした顔で訪ねる。
「この界隈の・・・しいては新宿中の暗黙の了解って奴だよ」
「・・・何となく誰なのかわかるけど・・・ちなみに、TOPって誰?」
「・・・同率1位で寛弥ちゃんと香ちゃん」
「・・・」
「まぁ、かってに言われてるだけだから」
 絶句してる僚に、徹は苦笑を浮かべて言った。
「色々とありがとう」
 我に帰った僚は、そう言って徹に何時もの倍の金額を渡すと立ち上がった。
「もういいのかい?」
 てっきり色々と聞かれると思っていた徹は、僚の引き下がる様子に疑問をもった。
「それだけ聞ければ十分さ。後は、直接和斗に聞くよ」
 そう言って去っていった僚の背中を見ながら呟いた。
「・・・僚ちゃん、学習能力って言葉知ってるかい・・・」