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「結論はでたのか?」
開口一番にそう言った教授に、僚は不思議そうな顔をした。
「香くんの事じゃよ。よもや、忘れていたわけじゃなかろう?」
「違いますよ」
心外だといわんばかりの口調に、今度は教授が不思議そうな顔をした。
「いいかげんに顔を出さないと、周りが煩いですからね」
その言葉に、露骨に教授がつまらなさそうな表情を浮かべる。
「なんじゃ・・・わしはてっきり・・・」
「そう簡単に出せる答えでもないでしょ」
「じゃが、子供は待ってはくれんぞ」
「それは承知していますが・・・」
歯切れが悪い僚の言葉に、教授がため息を吐いた。
「いい加減に腹を決めなさい。・・・和斗は潔かったぞ」
「弟の子を引き取るのとはわけが違うでしょ」
「・・・なんも違わんよ。人の一生を背負うんじゃから」
「・・・」
考え込んだ僚に微笑みながら、教授が訪ねた。
「和斗はなんて?」
「自分で決めろと・・・」
「まぁ、そうじゃろう。誰かに言われたから子供を育てたなんて知ったら、その子がかわいそうじゃ。・・・和斗が一番知っとる」
「?」
「親がいなくて愛情を知らないのと、親がいても愛情を知らないのとでは、心の傷の深さも違うからの。まぁ、よく和斗と話し合うんじゃな。この手の話題なら、奴の方が先輩じゃ」
「だから嫌なんですよ」
そう言いながらも、口調の端からは和斗への信頼が滲み出ている。
それが分かっているのか、教授の表情も嬉しそうだった。
「あ!冴羽さん!!」
病室に入ってきた僚を見て、香は嬉しそうな表情を浮かべた。
「元気そうだね」
「えぇ。なんか最近食欲が湧いて・・・先生も調子がいいようなら少し外に出てもいいっておっしゃるんですよ」
混乱を招くという理由から、和斗は名字以外香に何も告げてはいなかった。
「じゃぁ、少し散歩でもしようか?」
僚の言葉に、香は嬉しそうに頷いた。
「ねぇ、冴羽さん。・・・記憶を失う前のあたしってどんなでした?」
思いもよらない香の言葉に、僚の車椅子を押す手が止まった。
「みんな、あたしは優しいとしか言わないんだもの」
「それじゃぁダメなのか?」
「だって、みなさんそれしか言わないんですよ。ひょっとしたら、正反対の性格だったらどうしようって思いません?」
「スルドイ!」
「え!?やっぱりそうなんですか?」
「あぁ。すぐ手は出るし、喧嘩っ早いし・・・ころころ表情は変わるし・・・もう、凄いの何のって・・・」
腕組をして考え込みながら力説する僚を見て、香の表情が曇った。
「・・・でも、とても優しかったよ」
僚の口調が変わったのを感じて、香がハッとして見上げた。
「人に優しくするって、こういう事なんだって・・・俺達は君から教えてもらったんだ」
愛情の篭った優しい目に、香は恥ずかしくなってうつむいた。
「・・・戻りたいかい?記憶を失くす前の自分に・・・」
「・・・分からないんです。・・・ただ・・・記憶を失くす前の自分って、どうやってあなたと接していたんだろうって・・・それが分からないのがもどかしい・・・ううん。悔しい」
香の思いもよらない言葉に、僚の目が驚きで見開かれた。
「でも、冴羽さんはあたしの記憶が戻らない方がいいんでしょ?」
「・・・そんなことないよ」
僚には、それだけ言うのが精一杯だった。
「僚は?」
香の様子を見に来たミックが先に来ていた美樹達に声をかけた。
「香さんのところよ」
麗香の言葉に、ミックが考えこんだ。
「どうしたの?」
そんなミックの様子に、美樹は不思議そうな表情を浮かべて訪ねた。
「ん・・・ちょっと気になることがあってさ。俺なりに調べてみたんだよね・・・」
妙に歯切れの悪い口調に、その場にいた麗香やかすみや冴子も不思議そうな顔でミックを見た。
「何が気になるの?」
冴子の言葉に、ミックが黙り込んだ。
言おうかどうしようか迷っている様子のミックに、痺れを切らした麗香が声を荒げた。
「ミック!」
その口調に、ミックはため息を吐くと口を開いた。
「なんか引っかかるんだよね・・・こう、喉に小骨がささったかのように・・・」
ミックの言葉に、一同が顔を見合わせた。
「おかしいと思わないか?俺達が踏み込んだとたんに自殺した犯人」
「観念したんじゃないんですか?」
かすみが答える。
「僚を狙うような奴がか?」
「自分が死ぬことで苦しめようとしたんじゃないの?香さんの催眠術を解く鍵が分からなくなるんだから」
「そこなんだよね・・・俺が引っかかったのは。聞けば、奴は和斗に催眠術を教えてたそうじゃないか。当然、僚の傍に和斗が居ることは知っていたはずだ」
「だからこそ、観念して自殺したんじゃないの?誰だって彼を敵に回したくはないはずよ」
「いいかい、冴子。あの時の状況をよく思い出すんだ。奴は、俺達が部屋に入った時には既に飛び降りる寸前だったんだ。奴が何かしらの術をかけられて飛び降りる時にたまたま俺たちが踏み込んだという可能性だって出てくるはずだ。それに、どうも香が最後に会っていた男というのが、あいつじゃない可能性が出てきた」
「本当なの!?」
「確かな情報じゃないからなんとも言えないんだが・・・香とその男はかなり親しい間柄に見えたと言っていた。まるで兄弟の様に・・・」
ミックの言葉に、美樹と冴子がハッとした顔をした。
「言っている意味がわからないわよ、ミック!」
麗香の言葉に、ミックがため息を吐いた。
「一人だけ居るだろ?香が兄弟の様に親しげに接している男が・・・」
「和斗がやったって言うのか」
扉口から聞こえてきた声に、一同は驚いて振り返った。
「僚・・・」
冴子が強張った口調で名を呼ぶ。
「そう思う根拠は?」
僚の言葉に、ミックが答える。
「香の顔は覚えていても、その男の顔は覚えていないというところだよ。その店に居た誰一人ね」
考え込む僚を気遣わしげに見ながら、美樹が口を開いた。
「でも、あの和斗さんがまさか・・・」
「・・・あいつには裏切りの前科がある。別におかしくないさ」
ミックの発言に、僚の体が反応した。
「前科ってどういうこと?」
「こいつと和斗が長い間仲違いしていたのは知ってるだろ?」
「確か、教授が派手な兄弟喧嘩だって・・・」
「兄弟喧嘩ね・・・」
ミックが皮肉った口調で言った。
「あいつが怖くて、誰もが口を割らないが・・・この世界じゃ有名な話なんだよ。あの一件は」
「冴羽さんが裏切られたって聞いてるけど・・・?」
美樹の言葉に、ミックが頷く。
「それもこっぴどくね・・・」
「ミック!!」
とがめる様な口調で叫ぶ僚を横目でチラリと見ると、ミックは口を開いた。
「なんせ、僚と一緒にガードしていた依頼人を目の前で撃ち殺したらしいからな」
予想外の言葉に、誰も口を開けなかった。
「その時、和斗はなんて言ったと思う?『元々、その依頼人を殺すのが俺の仕事だった』てね」
「酷い!何よそれ!!」
麗華達は一様に憤慨していた。
「本当なの!冴羽さん!!」
美樹の強い口調に、僚が苦しそうに呟いた。
「その件と今回の事とは関係ない」
「関係がなくても、そういう事をした事がある人ならひょっとしてということも・・・」
「あいつが香をダシに使うとは思えない」
僚の考えに、ミックが怒って掴みかかった。
「甘いんだよ!お前は!!この世界、同業者をそこまで信用してどうする!!」
僚は苦笑しながら、ミックの腕を放す。
「寛弥さんが関わっていたら?」
美樹の言葉に、僚が首を振った。
「それはないよ、美樹ちゃん。今回の件に寛弥ちゃんが巻き込まれているのなら、なおさらあいつは香を巻き込むことはしないはずだ」
「そんな事わからないじゃない!誰だって自分が一番可愛いわ!どんなに香さんの事を大事にしていたって、所詮は赤の他人じゃない!!実の兄弟でもないのよ?切り捨てる事もある・・・」
そこまで言った麗香は、僚に睨まれて黙り込んだ。
「極悪非道でどす黒い腹の持ち主で疑心暗鬼の塊だらけの男だが、槇村の妹を巻き込む事だけはしない。・・・・それだけは信用できる・・・」
「言いすぎよ、麗香」
冴子が窘める。
そんな周りの様子に、僚はため息を吐いた。
「どこへ行くのよ、僚」
部屋を出て行こうとする僚の後姿に、冴子が声をかけた。
「ここに居たら、息が詰まる」
「・・・お前がなんと言おうが、俺はあいつを疑うぞ!」
ミックの言葉に、一瞬僚の足が止まった。
「好きにすればいいさ」
そしてまた足を動かす。その後ろ姿に、ミックが声をかけた。
「俺はな、そもそもお前があんな仕打ちをされたのに、仲良く接している事に前々から気に入らなかったんだ!それでも、お前がいいんなら俺は黙っていようと思ってた。・・・こんな事になるくらいなら、反対すればよかったぜ!」
黙って出て行く僚を、誰一人として止められる者はいなかった。
「・・・しかし・・・極悪非道でどす黒い腹の持ち主で疑心暗鬼の塊って・・・あいつの方が俺より酷くないか?」
ミックの呟きに、残りのメンバーは何度も頷いた。
「待って!」
暫くして僚の後を追った冴子が、ようやく目的の人物の姿を見つけて呼び止めた。
「どうするの?これから」
その言葉に、僚は肩を竦めた。
「とりあえず、香の足取りを探るさ」
「香さんの?」
驚いた表情を浮かべた冴子を見て、僚は苦笑した。
「俺があいつを信用して、何もしないと思った?」
「だって、どう考えたってあの時の言葉じゃ・・・」
「俺はただ、香を巻き込まないという点では信用出来ると言っただけさ」
「じゃぁ・・・」
「たぶん、この件に和斗が関わっているのは間違いないと思う。が、ミックが言っていた様な理由じゃない気がする・・・それを確認しにね」
「確認じゃなくて、あなたが信じたいだけじゃないの?また裏切られるのが怖いから・・・なんでもいいから理由が欲しいだけじゃ・・・」
「そうかもしれないな・・・」
そう言って微笑む僚に、冴子の口が止まった。
「どんなに邪険にされても、裏切られても、消せない真実っていうのがあるんだよ。・・・」
「真実?」
「そ。敵に捕らえられた俺をたった一人で助けに来てくれた事とか、くそ生意気な時の俺を辛抱強く面倒見てくれた事とかさ。・・・撃ち殺してやろうかと思う事の方が沢山あったけど、そう思いながらも叩き込まれたものって言うのが確かに蓄積されてるんだよ。ここにね」
そう言って、人差し指で軽く左胸を突付いた。
「にしても、ミックの奴・・・ここぞとばかりに目の敵にしてたな・・・和斗の事。ありゃ、昔なんかあったな」
「そんな暢気なこと・・・」
「しゃぁないじゃん。今のところ、よくわからんのだから」
似つかわしくない僚の暢気な口調に、冴子は頭が痛んだ。
「それに・・・どうも俺がたどり着くのを待ってるような気がするんだよ」
そう言うと、僚は冴子をその場に残して立ち去った。