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「何だかんだといっても、冴羽さんって保科さんのことを信頼しているのよね・・・」
翌日、和斗が香の治療を再開したことを知って、見舞いに来ていた面々が安堵のため息をついていた。
「それにしても、冴羽さんや教授はともかくとして、何で姉さんまで呼ばれてるわけ?」
麗香が奥の部屋を見ながら言った。
先ほどから、その部屋で診療プランが話されているのだ。
「あたしたちだって、香さんが心配なのに!!」
美樹も納得がいかないといった顔だ。
「しかたないわよ。かなり込み入った会話になるからって、あたしもはずされたんだから」
かずえが宥めるように言う。
「だったら、なおさら姉さんは関係ないじゃない」
「槇村に関係しているからだろう」
海坊主の言葉に、周りは顔を見合わせた。
「とりあえずは、催眠療法で過去を探っていくという事になると思う」
和斗が部屋にいる面々を見渡しながら言った。
「まぁ、それしかないわな」
教授も和斗の意見に賛成する。
「俺たちは、お前を信用するしかないからな」
僚の言葉に、冴子も頷く。
「ねぇ、何であたしまで呼ばれたの?」
冴子はここに来てから、ずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「催眠療法を3段階に分けるからな。冴子にも協力してもらおうと思って」
僚と冴子が顔を見合わせる。
「つまり、香の今までの人生を3つに分けて、香の記憶とお前たちの記憶を照らし合わせて貰いたいんだ。・・・槇村が生きてたらあいつに頼んだんだがな・・・」
尚も不思議そうな顔をする冴子と僚に、教授が補足する。
「つまり、香君が持っている記憶が正しいかどうかをお前さん達に判断してもらいたいんじゃ。香君の記憶が違うとなると問題じゃからな」
「そういう事なら協力するけど・・・あまり役にはたたないと思うわよ」
その言葉に、和斗が苦笑する。
「それでも、頼むしかないんだよ」
和斗の言葉に、冴子が不思議そうな顔をした。
「ちょっと、身につままされる話だからね・・・」
微かに微笑む和斗にそれ以上何も言えず、冴子は僚を見た。
先程から、あまり発言をしない僚を気にしていたのだ。
「ちょっと、二人で話しがしたいんだが・・・」
突然の僚の言葉に、冴子と教授は顔を見合わせながらも、何も言わずに部屋を後にした。
「話ってなんだ?」
僚の様子を不思議に思いながらも、和斗が尋ねる。
「どうしても、確認しておきたかったんだ」
「何をだ?」
「あれだけ俺が拒絶したのに、お前は何事もなかったかのようにまた治療を再開している。・・・わだかまりはないのか?」
「教授に何か言われたのか?」
「別に。教授はただ、全ての答えは俺が見ようとしていない部分にあるって言ってただけだ」
その言葉に、和斗が呆れた顔をした。
「また、何てアバウトな事を・・・お前がみようとしない部分を今更必死になって探った所で、夢の島程心当たりがあるんだから分かるわけがないだろうに・・・」
和斗の言葉に、僚の顔が引きつった。
「何か、さり気に馬鹿にされたような気がするんだが・・・」
「気にするな。口が滑って本音が出ただけだ」
「おい・・・!!」
文句を言おうとした僚の言葉を和斗が遮る。
「昨日も言ったとおりだ。治療を頼みに来て断る医者はいない」
「しかし・・・」
なおも何か言おうとする僚に、和斗が優しい眼差しを向けた。
「患者の家族とよくあるトラブルだ。なれてる。それに、お前のはまだましな方だ」
「・・・そうなのか?」
「そうだ。くだらん事を考えてる暇があったら、香の事でも考えてろ」
和斗は出てけというように、手を振った。
「これといった進展は無しか・・・」
麗香の言葉に、美樹がため息をついた。
香が倒れてから1週間。特にこれといった症状の改善も見られなかった。
「冴羽さんは?」
「余裕が出てきたというか、落ち着いたみたいよ。適当に家に帰って休んでるみたいだから」
「落ち着いたっていうより、腹をくくったんだろう。どうみても、長期戦になりそうだしな。憂さ晴らししたくても、犯人は既に死んでるし」
ミックが答える。
「あたしたちだって香さんの事が心配なのに、どうしてこうものけ者なのかしら」
麗香の言葉に、美樹も納得する。
「それはあたしも思っていた所よ!」
どうやら女性陣の攻撃対象は、僚から和斗に移ったようである。
「ほんとですよね。何であぁも落ち着いていられるんですか?香さんが心配じゃないんですかね!」
かすみの言葉に、美樹と麗香が頷く。
男性陣は、火の粉がとびかからないように先程から傍観している。
エスカレートしていく3人を止めたのは冴子だった。
「苛立つ気持ちも分かるけど、他人に当たるのは止めなさい!!」
冴子の一喝に、3人が肩を竦めた。
「よりにもよって、治療している人に何てことを言うの!!和斗だって、医者として接してるから、表立って心配出来ないのよ」
「冴子さんって、結婚してから迫力が増しましてない・・・」
かすみが、隣の麗香に小声で言う。
「そうなのよ。義兄さんも、この調子で何時も叱られてる・・・」
そう言う麗香を鋭い視線で冴子が睨んだ。
慌てて麗香が口を閉ざす。が、冴子が抱いている子供を見て不思議そうな顔をした。
「姉さん、その子・・・」
自分の甥とは明らかに違う子供を冴子が抱えているのだから当然である。
「あら?その子・・・確か保科さん所の子よね・・・」
美樹の言葉に、麗香とかすみが反応する。
「なにそれ!初耳よ!!寛弥さんいつの間に!?」
美樹が慌てて二人の間に入る。
「違うのよ!そうじゃないの!!」
美樹がそう言った時、子供が何かに反応してばたつきだした。
「何?どうしたの?」
冴子が子供に聞いた。
「冴子さん、妙にあの子の扱いに慣れてません?」
かすみが冴子に聞いた。
「うちの子と同い年なのよ」
「姉さん所と同じってことは・・・この子今2歳よね。それにしては、体小さくない?」
麗香の言葉に、冴子が子供をあやしながらあいまいに微笑む。
「りょー」
ばたついていた子供が、今度は入ってきた男に両手を差し出す。
「何だ?和斗の所の慧じゃないか?」
驚きながらも、僚は近づくと冴子の手から慧を抱き取った。
「え!?冴羽さん、この子達の区別つくの?」
美樹が驚いて僚に聞く。
「区別って・・・美樹ちゃん、こいつら全然タイプ違うぜ」
「・・・冴羽さん、やけにこの子の面倒見慣れてない?」
かすみがジト目で見る。
「こいつらは特別だからな」
「まぁ、和斗の子供だろ?何かあったら、殺されかねないしな・・・」
ミックのちゃかした言葉に、冴子が違うというように手をふった。
「ちょっと訳ありなのよ、この子達は。それに、この子は特別だしね」
「特別?」
麗香が不思議そうに聞いた。
「すぐに分かるわよ」
その時、慧が僚を叩いて注意を引いた。
「何だよ」
「かーり・・・りょー、かーり」
その言葉使いに、周りが驚いた。
「冴子、この子・・・」
「これでも、まだ喋れるようになった方なのよ」
「香はここにはいないぞ」
僚の言葉に、慧が首を振る。
「かーり、たーて。りょー、かーり・・・たーて」
しきりにこの言葉を繰り返す慧に、僚が冴子に助けを求めた。
「・・・冴子、分かるか?」
「香さんの事を言っているのは分かるんだけど・・・和斗、呼んで来たほうが早いかしら」
冴子がそう言った時、慧がまたも自分に注意を向けてくれるよう、僚の服を引っ張った。
香の名前を言った後、胸で十字をきるような動きを何度も繰り返した。
その動きに、僚と冴子が驚いて目を見張った。
上手くしゃべれない慧に、和斗が真っ先に教えたジェスチャーである。
「香を助けろって言ってるのか?」
僚の言葉に、慧が頷く。
「パパ!!」
突然、慧がハッキリとした口調で叫ぶと、降りるというようにばたつき始めた。
僚も分かってるのか、慧を下に降ろす。
すると、自分に向かって歩いてくる男に向かって、たどたどしいながらも、しっかりとした足取りで慧が歩き出した。
「どんなに可愛がっても、やっぱり和斗にはかなわないか・・・」
慧を抱き上げる和斗の姿をみて、冴子が呟く。
「どうしたんだよ、皆揃って」
不思議そうな顔をする和斗に、僚が尋ねる。
「お前、慧に香の事言ったのか?」
「言うわけないだろうが、第一家にもまともに帰ってないんだぞ」
言外に、嫌味を含ませるあたりさすがである。
「じゃぁ、何で慧が香を助けろだなんて言うんだ」
その言葉に、和斗が怪訝そうな顔で慧を見た。
「僚が言った事は本当なのか?」
和斗の言葉に、慧が頷く。
「もう一度、パパに話してくれないかな」
「かーり、ママ・・・」
そう言って自分を指差し、パパと呼んだ後胸の所で十字をきる。
「香と寛弥が同じだから、俺に助けろって言うのか?」
和斗の言葉に、慧が笑顔で頷いた。
すがるように、和斗が僚と冴子を見たが、二人とも首を振るだけだ。
「なぁ、慧。何が同じだって言うんだ?」
その言葉を受けて、慧がお腹を指した。
「ちょ・・・ちょっと待て」
慧のジェスチャーを見て、和斗が思わず天井を見上げた。
父親の行動が分からず、慧が叩いて注意を引く。
和斗が慧を見ると、もう一度慧がお腹を指差した。
「あぁ、ごめん。大丈夫だよ。もう一度言わなくても、ちゃんと伝わってるよ。ただちょっと混乱してるんだ」
慧が首を傾げる。
「そっか、ちょっと難しかったか」
和斗は微笑むと、慧を下に降ろした。
そして、しゃがみこむと今度はジェスチャーを交えて慧に話かけた。
「混乱・・・パニック。分かる?」
和斗は頭を指すと目の前で手をクルクルと回した。
それを見て、慧が頷く。
「少し、考える時間が欲しい」
頭を指し、両手の親指と人差し指で輪を作り噛み合わせる。そして、腕時計の文字盤を指した。
そのジェスチャーを見て、慧が大きく頷いた。
「何だよ」
和斗の咎めるような視線を受けて、僚が逃げ腰になる。
(考えられない事じゃないんだよな・・・)
和斗はそう重いながら、盛大なため息をついた。
「何なんだ、一体!!」
僚の抗議を無視して、和斗は慧と話だした。
「寛弥が俺に言えって言ったのか?」
その言葉に、慧が首を振る。
「違う?」
すると、慧は自分の耳を指差し、ついでお腹を指すと胸の前で十字をきる。それからしゃがむと床を叩いた。
「助けてって聞こえたからここに来たっていうのか?」
和斗の言葉に、慧は嬉しそうに微笑んだ。
(何でこうも次から次えと難題が出てくるんだ?このコンビは・・・)
慧がもたらした新たな難問は、和斗の頭を抱え込ませるには十分な内容だった。