3

「もう!一体何なのよ、この雰囲気は!!」
 美樹が堪えかねて怒鳴った。
「落着いて、美樹さん」
 かずえが困り果てた顔で宥める。
「いきなり保科さんを追い出した冴羽さんも冴羽さんなら、保科さんも保科さんよ!!どうして何もしてくれないの!?冴羽さんを説得するなりしてくれてもいいじゃない!!」
「保科さんも、今回は主治医としての立場だから、冴羽さんからOKが出ないかぎり治療できないのよ」
「香さんを実の妹の様に思っていたのに!!」
 そう言って、憤慨する美樹を横目に、かずえは香の病室の方を見ると、ため息をついた。


「・・・何時まで意地を張ってるつもりだ?僚」
 海坊主は庭に佇んでいる僚の隣に立った。
「別に、意地なんか張ってないさ」
 僚は池の水面を眺めながら、気のなさそうな返事をした。
 素直じゃない僚の態度に、海坊主は内心ため息をついた。
「一体、何が気に入らないんだ」
「しつこいな・・・お前も。別に気にしてないって言ってるだろ?」
「じゃぁ、何で和斗に助けを求めない」
 その言葉に、僚は嫌そうな顔をした。
「教授とかずえちゃんに任せておけば大丈夫だろ?忙しい和斗の手を借りる事はない」
「お前、本気で言ってるのか?だったら、何で教授は和斗に全て任せたんだ!」
「・・・・」
 押し黙る僚を宥めるように、海坊主が尋ねた。
「まだ気にしてるのか?あの時の事を」
「当然だろ?訳も分からず、あんだけ手ひどい裏切りを受けたんだぞ!!」
「訳も無く、あいつがそんな事をすると思ってるのか?もしそうだとしたら、お前はあいつから何も学ばなかった事になるな」
 僚が鋭い視線を海坊主に投げかける。
 お前に何が分かると言うような視線を受けて、海坊主が語りだした。
「昔、和斗に聞いた事がある。お前程の男が、何であんな力で押すような若造の面倒を見るのかと・・・」
「ふん!どうせ、教授に頼まれたからだろ」
「さぁな・・・あいつが何を思ってお前の面倒を見ていたのかは知らん。実際、本人に確かめた訳でもないしな。だが、俺の聞いた質問に対する奴の答えはこうだったな・・・」
 海坊主の次の言葉を、僚は不思議そうな顔をして待った。
「あいつを・・・お前の事を力で押すタイプだと思っているのなら、俺には人を見る目が無いとな。育てようによっては、お前は理想どおりに化けると。もし、自分の思うように成長したら、その時は自分の地盤をお前に譲るつもりだと・・・」
 始めて聞く事実に、僚が驚いた顔をした。
「・・・そんな馬鹿な事がある分けないじゃないか・・・」
「だが、そう言っていたのは本当だ。一度確かめてみたらどうだ?本人に」
 動揺する僚を一瞥すると、海坊主はその場を後にした。


「あら、冴羽さん」
 僚の姿を見かけたかずえが声をかけた。
「ミックは?」
「今出かけてるけど・・・保科さんなら、右奥の部屋に居るわよ」
「何で俺の顔を見るなり、どいつもこいつもあいつの居場所を言うのかね・・・」
 僚は嫌そうに言いながらも、足を教えられた方向に向ける。
「ほんと、素直じゃないんだから」
 そんな僚の姿を見送ると、かずえは安堵のため息を漏らし、微笑んだ。
 
 かずえに教えられた部屋に着くと、僚はノックもせずにドアを開けた。
「和斗、いるか?」
 部屋に入った瞬間、思いっきり脱力する。
「・・・何してんの?」
 寝ている和斗を膝枕していた寛弥が、シーと言う様に人差し指を口に当てた。
 自分がこんなにも悩んでいた時に、この男は愛する妻の膝枕で安眠していたのだ。
 湧き上がる怒りをぶつけるため、僚は和斗をたたき起こそうとした。
 が、ふとある疑問が生じて首を傾げる。
 商売柄、人の気配には敏感である。まして、同業者の気配ともなれば尚更だ。
 特に超能力者並に人の気配を察しすると仲間内では有名な男が、自分が部屋に入るのに起きもしないのは不思議を通り越して不気味である。
「随分安心してるんだな」
 嫌味を込めて言う僚に、寛弥は苦笑した。
「この人、ここ最近殆ど休んでなかったから・・・言っても聞くような人じゃないでしょ?だから一服もったの」
「・・・・」
(今、さらりと凄い事を聞いたのは気のせいだろうか・・・)
「・・・よく、奴がひっかかったね・・・」
 僚は引きつった笑みを浮かべた。
「教授にも協力してもらって・・・」
 寛弥の言葉に、僚は成る程と納得した。
 教授が絡んでいたのなら、和斗が気づかないのも納得する。
「頼んで実行した時は、さすがに罪悪感を感じたけど・・・」
 寛弥も引きつった笑みを浮かべた。 
 教授のおもちゃになった経験がある人間なら、誰でも警戒を抱くのはあたりまえである。
「じゃぁ、あたしそろそろ行くから・・・」
 寛弥は大事そうに、そっと自分の膝から和斗の頭をどかすと立ち上がった。
「あと30分程で目が覚めると思うから・・・後よろしくね」
 そう言って立ち去ろうとする寛弥を慌てて呼び止める。
「ちょ・・・!何なら、もう少しここに居てくれた方が・・・」
 昨日の今日である。さすがに、喧嘩した相手と2人きりになるのは気まずかった。
「そうしたいのはやまやまなんだけど・・・あたしも忙しいのよ」
「・・・そのわりには、やけにゆっくりしていたようで・・・」
 その言葉に、寛弥はニッコリと微笑んだ。
「だって、誰かさんが駄々こねるもんだから、最近かまってくれないんだもの」
「あ・・・そう・・・」
 これ以上何か言って、自分に矛先が向くのは避けたい。
 僚は愛想笑いを浮かべると、寛弥を送り出した。

 寛弥が出て行った後、僚は暇を持て余して部屋の中を見渡した。
 机の上には、所狭しと本が積み上げられている。それらの殆どが催眠術やカウンセリング関係の資料である。どの本にも付箋が何箇所か貼られていた。
 ふと、机の上にあるノートに目がついて、僚は手に取ると中を見た。
 そこには、事細かに香の状態が記されていた。3食のご飯の種類からどれだけの量を食したか。体温やその日の状態などもカルテ形式で書かれていた。さらに、注意点や気づいた事、これからの対策なども記入してある。
「これで理解したじゃろ。和斗がなんの下調べもしないで、治療していたんではないということがな」
「教授・・・」
 僚は突然の訪問者に、驚いた顔をした。
「ここ最近は、寝る間を惜しんで治療プランを考え取ったよ。お前さんが何時頼みに来てもいいようにな」
「教授はどうして今回は和斗に一任したんです?」
 何時もなら率先して治療にあたるのに、今回は殆ど関係していない。
「何よりも、経験が必要になるからな。今回の香君の場合は。何より、心理学はわしの知識外じゃからの・・・」
 こうは言っているが、教授の知識が幅広い事を僚は良く知っている。
「和斗は寛弥君の件で、こういった治療の経験があったしの・・・やつに任せておけばいいと思ったんじゃよ。コンダクターの手口も知っている事だしな」
「一つ、聞いてもいいですか?」
 僚の神妙な口調に、教授が不思議そうな顔をした。
「海坊主が言ってました。和斗は俺を裏切ろうとして、あの一件を起こした訳ではないと・・・」
「あの一件とは、京都の事か?」
 教授の言葉に、僚が頷く。
「遅かれ早かれ、奴はお前さんを裏切るつもりじゃった。お前に最後の授業を受けさせるためにな」
「最後の授業?」
「そうじゃ。あの頃のお前は、自分の力を過信しすぎていた。和斗の力量も知らないのに、お前は奴よりも腕が上だと思っておったじゃろ。奴はそれを正すために、お前さんを裏切る必要があったんじゃ」
「それにしても・・・」
 あれはあんまりだと言いたげな口調に、教授が優しい眼差しを向けた。
「和斗は、お前さんの致命的な弱点に気づいておった」
「弱点?」
「お前さんは人を信用しすぎる。それは、海原も言っとった事じゃがな。もちろん、それは悪い事じゃない。そういうスイーパーは貴重じゃ。だが、長生きはできん。特に、同業者にまで信頼を寄せるのは問題じゃと和斗は言っとった。・・・あの一件は、あまりにも色んな要素が重なり過ぎたんじゃ。誰が悪いわけでもない」
「しかし・・・」
 いまいち納得のいかない顔をしている僚に、教授が静かに告げた。
「全てはお前さんの心の中にある。・・・真実を見ようとしない中にな・・・」
 教授の言葉に、僚は深刻な表情を浮かべて考え込んだ。