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「ここに間違いないのね」
 冴子はミックに呼び出されたマンションの10階の一室を見て、念を押した。
「信用しろって、冴子。引退したとはいえ、情報は確かだぜ」
 尚も不信そうに自分を見る冴子を見て、ミックは隣にいる海坊主を肘で突付いた。
「間違いない。俺の情報屋も、ここに居る人物と香が一緒に居るのを見たと言っていた」
「あなたがそう言うんなら、間違いなさそうね・・・」
 海坊主の言葉に、冴子は納得した。
「何だよ、それ・・・」 
 冴子の態度に、ミックが不満そうに呟いた。
「とにかく、行くわよ」
 いじけているミックを無視して、冴子が海坊主に声をかける。
 部屋のチャイムを冴子が鳴らす。
 何時でもどんな対応が出来るように、ミックと海坊主が身構える。
 その時、部屋の中からかすかな物音がした。
 ハッとしたように、3人は顔を見合わせると、ミックを先頭に部屋の中に足を踏み入れた。
「ちょっと!!」
 ベランダ越しに乗り出している男を見て、冴子が慌てて声をかける。
 男は振り向いくと、勝ち誇った笑みを浮かべゆっくりと身を投げ出した。
「ちょっと、待て!!」
 ミックが慌てて後を追ってベランダに出るが、既に遅かった。
「嘘でしょ・・・・」
 冴子は呆然と呟くと、慌ててベランダに出る。
「何で・・・」
 冴子とミックは同時に呟くと、お互い顔を見合わせた。


「で、君達は揃いも揃って、犯人が自殺するのを眺めてたわけだ・・・」
 和斗の嫌味の篭った口調に、ミックと冴子はバツが悪そうに互いを見合っていた。
「仕方が無いだろ・・・俺達が部屋に入った時には既に、自殺一歩手前だったんだから・・・」
 ミックの言葉に、冴子も同意する。
「そうよ!あたし達が入った時には、もう身を投げ出していたんだから・・・!!」
「・・・僚は何て言うんだろうな?今の言葉を聞いたら・・・」
 和斗の言葉に、冴子とミックはグッと押し黙った。
「ねぇ・・・あなたから話してくれない?」
 冴子の言葉に、ミックの顔が引きつる。
「ちょっとそれは・・・いくら冴子の頼みでも・・・」
「何でよ!!親友でしょ!?」
 冴子の剣幕に身を引きながら、ミックが顔の前で手を振った。
「親友だから嫌なんだよ!!どういう目に合うか、分かりきっているから!!」
 そう言って、押し付けあっている2人を見ながら、和斗はわざと盛大なため息を吐いた。
 そんな様子に、冴子とミックはピタリと争いを止めた。
「それで、死んだ男の名は?」
 和斗の言葉に、冴子が慌てて答える。
 刑事の感か女の感か、これ以上和斗を怒らせるのは賢明ではないと判断したのだろう。
「名前は、須藤健一。54歳」
 冴子は手帳を見ながら、和斗に報告する。
「心当たりは?」
 ミックの言葉に、和斗は首を振る。
「名前だけでは何ともな・・・写真は?」
「生前の写真はないけど・・・どう?」
 冴子はそう言って、現場写真を一枚和斗に見せた。
「いや、知らないな・・・」
 和斗はそう言うと、冴子に写真を返す。
「ところで、海坊主は?」
 その言葉に、2人はようやく海坊主の巨体が辺りに見当たらない事に気がついた。
「まぁ、いい。あいつはあいつなりに何かを探しにいったんだろう」
 和斗はもういいと言うように、あっちへ行けと手を振った。
「あの・・・僚には・・・」
 ミックがオズオズと和斗に聞く。
「俺から話す」
 やれやれと言う様に話す和斗の言葉に、冴子とミックが安堵のため息を漏らした。


「ここに居たのか」
 教授の家の庭にあるりっぱな池を眺めながら佇んでいる僚に、和斗が声をかけた。
「何か用か?」
 振り向きもせず、僚は和斗に尋ねた。
 全てを拒絶しているかの様な態度に内心ため息を吐きつつも、和斗は普段と変わらない口調で話しかけた。
「いい知らせと、悪い知らせだ」
 そう言って、僚の隣に並んで立つ。
「香を狙った犯人が見つかった」
 その言葉に、僚が反応する。
「が・・・死なれた」
「誰なんだ?そいつは・・・」
「名前は、須藤健一」 
「須藤?」
 聞き覚えの無い名に、僚が訝しがる。
「コンダクターと言えば分かるか?」
 その言葉に、僚の顔つきが変わった。
 催眠術を専門とした暗殺にかけては、右に出る物はいないとまで言われた程のすご腕だ。
「コンダクターって言ったら、お前が居た組織に所属していた暗殺者じゃないか!!」
 僚は和斗の胸倉を掴むと叫んだ。
「まさか、寛弥と香が間違えて襲われたわけじゃないだろうな!?」
 そんな僚を、和斗は黙って見ている。
「何とか言ったらどうなんだ!!」
 僚はそう言って、和斗を押した。
 軽くよろけて、和斗は2,3歩後ろにさがる。

「原因はお前だ、僚」
 その時、落ち着いた声が割り込んできた。
「どういうことだ、海坊主」
 僚は声の主を振り返る。
「お前、アメリカでナルニア共和国王女の護衛を引き受けた事があるだろう」
「それがどうした」
「その時の暗殺犯がコンダクターだ」
 僚の目が驚きで見開かれる。
「奴にしてみれば、お前は恨んでも恨みきれなかっただろうさ。何せ、あの一件が失敗してから、信用はがた落ち。引退にまで追い込まれたんだからな」
 海坊主の言葉に、僚は悔しそうに拳を握り締めた。
「・・・一つだけ聞きたい。お前の催眠術は、コンダクターから学んだ物か?」
「Yesと言ったら、どうするんだ」
「香の主治医を降りてもらう」
 その言葉に、海坊主がギョッとする。
「何をバカな事を言っているんだ、僚!!和斗が、コンダクターの手口を知っているのなら、こんなに好都合な事はないだろうが!!」
「信用できない」
 僚の言葉に、和斗が苦笑した。
「また、えらく嫌われたものだな」
「僚、考え直せ」
 海坊主の言葉にも、僚は耳を貸さなかった。
「・・・あの時のように、また裏切られるのはゴメンだ」
 僚の言葉に、海坊主と和斗がハッとした。
「あんたは、散々人を信用させといてある日突然、手のひらを返した様に裏切る。こと、過去に関係している事はな。・・・信用出来ない人間を、どうして主治医に出来る?」
 僚はそれだけ言うと、踵を返して建物の中に姿を消した。
  

「ちょっと、冴羽さん!!誰か来て!早く!!」
 その日の夜、香の様子を見に来たかずえの悲鳴が家中に響き渡った。
 その尋常じゃない声に、ミックや海坊主達が慌てて駆けつける。
「僚!お前、何してんだ!?」
 部屋に入ったミックは、寝ている香に愛銃のパイソンを突きつけている僚の姿を見て、ギョッとした。
 異様な光景に、誰しも言葉を失う。
「・・・僚?」
 遠慮がちに、冴子が声をかける。
 だが、何の反応も返ってこない。
 息を殺して見つめている中、和斗の声が静かに響いた。
「どうした?やれよ」
 促すような言葉に、周りが非難の声を上げる。
 そうした人物を一瞥して、和斗は僚の傍に寄った。
「引き金を引くだけだ。そうすれば、楽になれるぞ」
 その言葉に触発されたのか、僚の引き金を引く指に力が篭る。
 しかし、今一歩の所で引き金から指が離れる。
 それを3度程繰り返した時、静かに和斗の手がパイソンのシリンダーを押さえた。
「そんなもんだ。本気で惚れるという事は・・・後一歩が中々踏み出せない・・・」
 僚の手からパイソンを奪うと、和斗はそっと撃鉄を元に戻した。
「使い方を間違えるな。この銃は香を守るためのものだ。殺すためじゃない」
 そう言って、和斗は僚の手にパイソンを返す。
「・・・に何がわかる・・・」
 聞き取れない僚の声に、和斗が微かに眉根を寄せる。
「お前に、俺の気持ちがわかるか!!」
「わからんな。お前のはただのエゴだ。自分が楽になりたいがためだけのな」
 そう言って、和斗は眠っている香の姿を見た。
「・・・ここに居る香は、お前の知っている香じゃない。だが、香は確かに存在しているんだ。お前は、香の生きようとしている芽すら摘み取るのか?」
 和斗の言葉に、僚は香を見た。
「・・・色んな事が一度にあり過ぎて、疲れてるんだ。少し休んで、頭を冷やせ」
 そう言うと、和斗は僚を部屋からつまみ出した。

「ここにおったか」
 教授の声に、僚が振り返る。
 日の落ちた庭に、所在なげに立ち尽くしている僚の横に教授が立つ。
「派手なパフォーマンスをやらかしたそうじゃないか」
 教授の言葉に、僚はバツが悪そうな顔をした。
「お恥ずかしい限りです」
 その言葉に、教授は微笑む。
「・・・のう、僚よ・・・わしはお前と同じ境遇に合った男を良く知っとる。もっとも、その男は拳銃を突きつけたのではなく、自らの手で首を絞めようとしたがな。ただ、お前さんとその男の決定的な違いは、その男は最後まで諦めなんだ。可能性が1%でもあるのなら、それにかけとった。・・・お前さんはどうするね?このまま何もせずに、諦めるか?」
「・・・・」
「・・・お前さんは、また和斗に裏切られるのが恐いのじゃろ?だがな、僚よ。あの時、お前さんは本当に裏切られたのかな?」
 教授の言葉に、僚は何を今更・・・という感じで見た。
「全ては、お前さんの中にある」
 教授はそう言うと、ツンと指で僚の胸を突付いた。
「良く考えることじゃな、僚。何時かは答えを出さなきゃならん問題なんじゃから」 
 教授は微笑むと、考え込んでいる僚を残して、その場を立ち去った。