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「夢を見たの・・・」
「どんな?」
 幸せそうに微笑む彼女にむかって、白衣を来た医者は優しい目をして問い返す。
「とっても幸せな夢」
「そこに出てくるのは君一人?」
 医者の言葉に、彼女は暫し考え込んだ。
「違う・・・小さい女の子と顔も知らない男の人・・・」
 その言葉を聞いたとたん、医者のペンを持つ手が止まった。
「でもね、先生・・・」
 彼女の言葉に、医者は動揺を隠して微笑んだ。
 そんな医者の笑顔を見て、彼女も微笑む。
「不思議と違和感がないの。何ていうか・・・前から知っている人のような気がして・・・」
「それは、君の将来の夢?」
 微かにからかいを含んだ口調で言う医者の言葉に、彼女はまた考え込んだ。
「・・・夢というより・・・・願望かな・・・?」
 その言葉に、医者の目が驚きで見開かれる。
 彼女自身も何故願望などと言ったのか戸惑っている様子だった。
「今日はここまでにしようか」
 そんな彼女の様子を見て、医者は優しく診察の終わりを告げる。
「先生」
 彼女に呼ばれて、医者は何?というような表情を浮かべた。
 だが、彼女は一向に恥ずかしがって口を開こうとしない。
「どうしたの?」
「あのね・・・」
 彼女はそっと医者の耳に囁くと恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「・・・分かった。伝えておくよ」
 医者はそういうと、そっと彼女の頭を撫でた。

部屋から出てきた白衣を着た男に、その場にいた人間の視線が一斉に注がれる。
 何かを聞きたそうに口を開くが、聞くのが恐いのかまた閉じてしまう。
 何とも言えない沈黙が部屋に広がる。
「診断の結果はどうなんだ?和斗・・・香は助かるのか?」
 和斗に注がれていた視線が、言葉を発した人物に注がれる。
「僚・・・」
 誰ともなしに、男の名を呼ぶ声が聞こえた。
「今はまだ何とも言えない」
 その言葉に、僚が顔を上げて和斗を見た。
 口調とは裏腹に、僚の眼は憔悴しきっていた。
 香が運び込まれてから、既に一日が過ぎている。
 そろそろ疲れが出始める頃だろう。
「故意に記憶を消されたのか・・・それとも、自己防衛のために記憶を封じたか・・・前者ならまだ見通しは明るいんだが・・・」
 和斗はそう言うと、今しがた出てきた部屋のドアを見た。
「じゃぁ・・・香さんの記憶を消した人物を探し出せば、記憶は戻るのね?」
 冴子が確認を取る為に、和斗に聞いた。
「キーワードを聞き出せればね・・・簡単なんだけど」
「もし、キーワードが聞き出せなかったら?」
「長い時間をかけて、キーワードを探していくしかないよ。まぁ、自己防衛の場合の治療と同じになるかな?」
「どれくらい?」
「さぁ・・・それこそ想像もつかないよ。一ヶ月かもしれないし、一年かもしれない。ひょっとしたら、一生かかるかもしれない・・・まさしく、神のみぞ知るだね」
「・・・じゃぁ・・・香さんは・・・ずっとこのまま・・・?」
 震える声で、麗香が呟く。
「麗香!!」
 とたんに、冴子の叱責が飛ぶ。
 麗香は慌てて謝った。
「ごめんなさい・・・」
 重苦しい沈黙が再び部屋を支配する。
「あ〜もう、何なんだよ!この雰囲気は!!」
 突然のミックの怒鳴り声に、ギョッとした顔で皆がミックを見た。
 ミックは苛立たしく頭を掻き毟った。
「香の治療は教授と和斗に任せたんだろ!?だったら俺等が出来る事は、香の足取りを探って、香をこんな目に合わせた奴を見つける事じゃないのか!!」
 ミックの言葉に、それまで不満顔で和斗を見ていた面子がハッとした顔を浮かべた。
「ふん!こいつにしてはいい事を言う」
 不機嫌を絵に描いたような顔で、海坊主が言った。
「こいつにしてはは余計だ!タコ!!」
「ふん!」
 ミックの抗議をそっぽ向いてかわすと、海坊主は僚を指差した。
「いいか僚!犯人探しは俺達に任せて、お前は香の傍に居ろ!!」
 思いもかけない言葉に、僚は驚いて目を見張った。
 ミックも海坊主の言葉に頷く。
「今のお前じゃ役立たずだからな!!足を引っ張られるのはゴメンだ!!」
「足引っ張るって・・・」
 抗議しようと僚が口を開きかけたが、和斗がすかさず頭をはたいた。
「好意はありがたく受取っとけ」
 和斗の言葉にムッとした表情を浮かべていた僚も、しぶしぶといった様子で頷いた。
「ミック・・・!」
 僚の呼びかけに、ミックは片手を上げて答える。
「礼はいいぜ!別にお前のためじゃない。香のためだ」
「そうじゃない」
 僚の言葉に、不思議そうな顔をしてミックが振りかえった。
 恐いくらい真剣な表情を浮かべて、僚は言葉を発した。
「盗んだ香の下着は置いていけ」
 その瞬間、全員の避難がましい視線がミックに突き刺さる。
「ハハハ・・・」
 ミックの渇いた笑いが廊下に木霊した。 

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