8
「一応、最初に断わっておくが・・・今回の件と槙村の件は別物だ。・・・まぁ、全くの無関係という事ではないが、少なくとも君が考えているような事ではない」
和斗はそう言うと、疲れた表情を浮かべて長いため息を吐いた。
「そもそもの始まりは、世界中が総力をかけたあるプロジェクトが発端だった」
「プロジェクト?」
和斗の言葉に、冴子が不思議そうに聞いた。
「俗に言う1・25事件さ。警察関係者の間では、有名だろ?」
ミックが和斗の言葉を補足する。
「え!?あの一件に関わっていたの!!」
冴子が驚いた顔で、和斗を見る。
「何なの?1・25事件って・・・」
香は、一人訳が分からないといった顔で聞いた。
「1月25日、午前1時25分に世界中の警察が一斉に麻薬グループを摘発するという、異例の取り決めが極秘に決定された。日本側の関係者の中には、香のお兄さんとそこに居る五嶋さんも居たと思うが・・・違ったかい?」
ミックはそう説明すると、自分の言葉が当たっているかどうか五嶋に確認した。
「間違いない。確かにあの一件には、槙村と俺も参加していた」
五嶋の言葉に、ミックは満足そうな顔で頷くと話を続けた。
実は、自分が掴んだ情報を披露したくてウズウズしていたのだ。
和斗も僚もそんなミックの様子を分かっているのか、あえて口を挟むような事はなかった。
「だが、ある時アメリカで問題が発生した。FBIが内偵していた麻薬グループが凄腕の暗殺者を送り込んだ。目的は事件の指揮を取る捜査官の暗殺。当然FBIは焦ったさ。何せ世界中が関わっているプロジェクトだ。国によっては何年も内偵をしていた所もある。FBIがしくじったら、アメリカという国自体に世界中から非難が来る。そこで、FBIは当時凶悪犯罪課の中でも検挙率No.1を誇っていた、この男が率いるチームを暗殺者の捜査に当てた」
ミックはそう言うと、親指を和斗に向けて指した。
「けれども、そこで犯人逮捕。ジ・エンドで終わらなかったのが・・・この男の不運と言うべきかな?」
ミックの意味深な発言に、寛弥がハッとした顔で見た。
「止めて、ミック!!」
寛弥の悲鳴に近い叫び声に、ミックは申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ソーリー、寛弥。君を悲しませるつもりはないんだ・・・けど、全くの無関係というわけでもないよね・・・むしろ、全ての発端といってもいいくらいだ」
「・・・」
ミックの言葉に、寛弥は居た堪れない表情を浮かべた。
「当時、深沢広人の同僚だった人間に、何人か話しを聞いてきた。彼はその一件でパートナーを助けてやれなかった事を酷く悔いていたそうだ。酒が入ると何時もその話になると言っていた。どういう事か説明してくれないかな?」
君の方が詳しいだろ?というような口調で、ミックが寛弥に話しを振った。
寛弥はチラリと和斗の方を見た。
和斗の表情からは、動揺など微塵も感じられない。
全ては予想していた事なのだろう。
その表情に勇気づけられたのか、寛弥はゆっくりと理沙に向かって言った。
「その前に、あたし達の手を縛っている縄を解いて、香さんを解放して」
突然の寛弥の言葉に、理沙はおろか香もギョッとした。
「何を言ってるの!?そんな事、承知すると思ってるわけ!!」
「あたし一人いれば十分でしょ。香さんは解放してあげて」
寛弥の言葉に、理沙は考えこんだ。
暫くして、香と寛弥の縄を解く。
「わかっているわね・・・」
理沙は縄を解いたナイフを寛弥の背後から腰のあたりに押し付けた。
妙な動きをすれば、躊躇うことなくナイフを突き刺すという意志を寛弥に告げている。
寛弥は内心の動揺を何とか表情に出ないように努めた。
心優しい香の事だ。自分の状況を知ったら、逃げ出せないだろう。それでは、せっかくのチャンスが無駄になってしまう。
それに、この位置では僚達からは死角となるため、理沙は誰にも悟られずにナイフで自分を刺す事が出来る。
理沙は行けと言うように、香の背中を押した。
香は心配そうに、寛弥を見る。
寛弥は心配ないというように微笑んだ。
香は尚も心配そうに寛弥を見るが、さっさと行けと言うように理沙に手を振られ、名残おしそうにしながらも、僚の元へ向かった。
「ごめん・・・心配かけて・・・」
香は僚の顔を見ると、謝った。
「無事ならそれでいい」
僚はそう言うと、そっと香の肩に手を置くと、香を守るように彼女の少し前に出た。
「で、話してくれるんでしょうね。こっちはあなたの要求を呑んだんだから」
そういいながら、理沙はナイフを持つ手に微かに力を込める。
寛弥はもう一度、和斗の方を見る。
一瞬、寛弥の耳に大丈夫だと言う和斗の声が聞こえたような気がした。
寛弥は意を決すると口を開いた。
「麻薬組織が送り込んだ暗殺者は・・・和斗が当時婚約していた女性だったの・・・」
初めて聞く事実に、僚達がえ!?という表情を浮かべた。
「その件で、和斗は内務調査や査問委員会に調べられて・・・結局現場を離れてアカデミーに退いたの。辞職っていう声もあったらしいけど・・・現場スタッフの強い要望があったらしいわ。・・・広人は未然に防げなかった事を凄く悔やんでいたのよ・・・」
寛弥の言葉に、ミックが驚いて口を開きかけた。
彼女が語る話と、ミックが聞いた話がある部分のみ異なるのだ。
だが、その瞬間鋭い殺気がミックに突き刺さる。
ギョッとしてその殺気が放たれている方向を見ると、まるで余計な事は喋るなといわんばかりに、和斗がこちらを睨んでいた。
慌ててミックは開きかけていた口を閉じる。
「深沢さんにしても、和斗にしても・・・何故気が付かなかったの?」
冴子のもっともな疑問に、寛弥はため息をついた。
仮にも元プロの殺し屋と現役の捜査官の二人である。全く気がつかないというのは変な話だ。
「色んな事が重なってしまったのよ・・・まず、彼女が兵役制度のある国の出身だった事。和斗が裏社会から手を引いていた事。でも・・・一番の原因は、アメリカという国だったのよ・・・」
寛弥の言葉に、女性陣は不思議そうな顔をした。
「そうか・・・!?」
ミックがある事実に気が付いて、ハッとした表情で寛弥を見た。
同時に僚もその事実に気がつく。
「どういう事なの?僚・・・」
香は僚のジャケットを軽く引っ張って注意を引くと、不思議そうに尋ねた。
「日本と違って、アメリカは一般人に銃の携帯が許されている国だ。硝煙の匂いがするからといって疑いを向ける事は出来ないんだよ」
僚の説明に、ようやく冴子にも寛弥の言わんとしている事が分かった。
一人ポカンとしている香を見て苦笑しながら、ミックが僚の説明を引き継いだ。
「日頃から一般向けの射撃場で銃を撃っている人間もいるだろ?硝煙の匂いだけでは決定打にはならないんだよ」
ミックの言葉に、香はあっ!と言うような表情を浮かべた。
日頃からそういった場所で銃を撃っている事が証明されれば、匂いがつく事などあたりまえなのだ。
「一体その話が、この男が広人を撃った話と何の関係があるの!?」
話の意図が見えず、痺れを切らした理沙が怒鳴った。
「まぁまぁ、そう先を急ぐなよ」
ミックはそう言って、肩を竦めた。
「言ったろ?この事件が全ての始まりだって・・・まぁ、その前に君の間違いを一つ正しておこうか・・・」
ミックの言葉に、理沙が訝しげな表情を浮かべる。
「君は・・・寛弥が和斗と男女の関係になったのは、彼女が婚約を解消する前だと思っているね?」
理沙が頷くのを見ると、ミックは寛弥に話しを振った。
「彼女はそう言っているが・・・本当はどっちなんだい?」
寛弥は深いため息を吐いた。
「・・・後よ・・・あの事件の直後に広人から婚約解消の話があったから・・・」
「理由は?」
「他に好きな人が出来たと言っていたけれど・・・和斗の一件もあったのかもしれない・・・」
「と、彼女は言っているけど・・・真相はそうなんだい?シンディー」
それまで事の成り行きを静観していたシンディーは、突然ミックから話を振られて動揺した。まさか、こんな所で自分に話しが振られるとは思いもしなかったからだ。
「寛弥の話に間違いはないわ。あたしも彼女から婚約解消の話を聞いた翌日に、深沢さん本人から彼女と同じ話を聞いているから・・・」
「嘘よそんなの!!」
理沙の叫びに、ハーバーが同情した表情を浮かべる。
「嘘じゃないわ。理由も、さっき寛弥が話した通りの事をあたしに話したわ。でも・・・真実はそうじゃなかった・・・」
「まぁそこらへんの話は、シンディーより和斗の方が詳しいだろう・・・」
ミックはそう言うと、和斗の方を見た。
全員の視線が和斗に向けられる。
「・・・あいつは・・・末期癌だったんだ・・・それも・・・あと半年と宣告されていた・・・」
「嘘・・・」
和斗が口にした思いもかけない理由に、寛弥と理沙は呆然と呟いた。
「残念ながら、嘘じゃない。当時、FBIにいたカウンセラーにも話を聞いた。深沢広人
は、そのカウンセラーから紹介された病院で検査を受けたんだ。周りは入院を勧めたが、彼は最期の瞬間まで仕事がしたいと言っていたそうだ。和斗が薬を運んでいたのは、周りに知られたくないという深沢広人本人の強い要望だったらしい」
ミックの説明に、理沙が激しく頭を振った。
「嘘よ!!信じないわ!そんな事・・・。だって、信じられるわけないじゃない!!貴方達はそこにいる彼女が養女だと知りながら、何年も巧妙に隠してきた連中なのよ!!もっともらしい嘘を吐く事など造作も無い事だわ!!」
そう言って、理沙は香を指差した。
まさかそんな話が出るとは思わなかったため、冴子やミックは動揺を隠せなかった。
「何を言っているの・・・あたしと兄貴が血の繋がりがないなんて・・・そんな馬鹿な事があるわけないじゃない!!」
顔面蒼白になりながらも、香が気丈に叫んだ。
「あなたもよく言うわよね・・・!!」
「まさか、こうも簡単に引っかかるとは思わなかったよ」
理沙の言葉を、冷静な僚の言葉が遮った。
訝しげに理沙達が僚を見る。
瞬時に僚の意図を理解した和斗が話を引き継ぐ。
「こっちの偽情報を信じるとはな・・・」
「偽情報・・・?」
「あぁ。あんたが得意気に喋った事は、俺と和斗があんたをおびき寄せるために流した嘘の情報だ」
「そんな・・・」
僚の言葉に、理沙が力なく呟いた。
「馬鹿みたい・・・優位に立っていると思っていたのに・・・実は躍らされていただけだなんて・・・なら、あの男にもあたしと同じ思いを味合わせてやるわ!!」
理沙は素早く寛弥の腕を掴むと、持っていたナイフを彼女の心臓目掛けて突き刺そうとした。
その瞬間、和斗の怒声が理沙のナイフを止めた。
「理沙・コールウィン!お前は一体、何の為にFBIに入ったんだ!!広人はお前にそんなくだらない事しか教えなかったのか!?お前は、あいつから何を教わってたんだ!!」
「あ・・・」
理沙の脳裏に、広人の口癖がよみがえった。
“理沙、犯人を憎むんじゃないよ。犯罪を・・・それを生み出した社会を憎むんだ・・・犯人もまた被害者なんだよ”
理沙は持っていたナイフを呆然と見つめると、慌てて地面に放り投げた。
崩れ落ちた理沙の服の胸ポケットから、銀色のライターが落ちた。
「先輩・・・」
理沙はライターを眺めながら、ポツリと呟いた。
「これは、帰してもらうよ」
何時のまに近寄ったのか、和斗はそう言うとライターを拾い上げた。
緩慢な仕草で、和斗が手に取ったライターを理沙の視線が追いかける。
「そのライター!?」
冴子が殺人現場に落ちていたのと同じライターだという事に気づいた。
「こっちが本物。冴子が押収したのは、彼女が作らせたものだよ。俺達に気づかせるためにね」
和斗は懐かしそうにそのライターを見つめながら、理沙を見た。
「これは、あいつが最初に解決した事件の記念に作ったものだ。初心を忘れないようにという意味を込めてね。・・・人を殺した君に、このライターを持つ資格はないよ」
残酷な程突き放した言葉に、理沙はがっくりと項垂れた。
彼女の様子を横目で見ながら、和斗は寛弥の傍に寄った。
「大丈夫か?」
心配そうに自分を見る和斗に、寛弥は心配ないというように微笑んだ。
ふと前方を見ると、冴子に連行されて行く理沙の姿が見えた。
「理沙!」
呼び止められて、理沙が振り向く。
寛弥は彼女に何か言おうと口を開きかけた。
しかし、そんな彼女の言葉を遮るように、理沙が寛弥に向かって深々と頭を下げた。