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「一体、どういうつもりなの!!」
 寛弥は車を運転している女性に向かって叫んだ。
「別に。ちょっと付き合ってもらうだけよ」
 女はバックミラー越しに、チラリと後部座席を見た。
「広人との事なら、香さんは関係ないでしょ!!」
 寛弥は、疲れた表情を浮かべている香を見た。
 無理もない。軽症とはいえ入院をしていたのだ。
香の体調を心配しながらも、二人共手を縛られているためにどうする事も出来ない。
「関係無くもないわよ」
 その言葉に、香は訝しげな表情を浮かべた。
「どういう意味?」
「あなたのお兄さん」
「兄貴?」
 何故そこで槙村が出てくるのか・・・寛弥は怪訝な顔をした。
 香も不安そうな顔で寛弥を見る。
「所轄の刑事が、いきなりの本庁栄転。しかも特捜部なんて・・・普通じゃ考えられない出世よ」
「兄貴が裏取引でもしていたっていうの!?」
「それが広人の件と、どう関係しているっていうの」
 その言葉に、女性が同情とも哀れみとも取れる笑みを浮かべた。
「そう・・・あなたも全てを知っているわけではないのね・・・」
「どういう意味?」
「さぁ?それは、あなたの最愛の旦那さんに聞いてみたら?」
「何処へ行くつもり?」
 香が尋ねると、女性は微笑んで寛弥の方を見た。
「全ての始まりの場所へ・・・」


「何処へ向かっているの?」
 冴子は、隣で運転している五嶋に尋ねた。
「君はどこまで知っている?」
五嶋はチラリと冴子の方を見た。
 冴子は暫し考えたのち、これまでの経緯を五嶋に話した。
「正体不明のメール・・・」
「ええ。それで、ハーバー元捜査官を知人に紹介してもらって・・・」
「なるほど・・・それであの二人に行き着いたわけか・・・」
「えぇ・・・最初は、まさかと思ったんだけど・・・」
 冴子の言葉に、五嶋は不思議そうな顔をした。
 そんな五嶋の表情に、冴子は苦笑した。
「彼が昔FBIに居た事は人づてに聞いて知っていたけど・・・どうしても今回の事とは結びつかなくて・・・あの性格でしょ?上司と折り合いが悪くて辞めたんだとばかり思ってたものだから・・・」
「あぁ・・・」
 五嶋は納得といった表情を浮かべた。
 確かに普段の態度を見ていれば、彼女がそう思うのも無理はない。
「五嶋さんは、FBI時代の和斗とは何度か仕事をした事があるんでしょ?」
「・・・部署がらというか・・・まぁ、数える程だけど・・・」
 五嶋はそういうと、車を止めた。
「ここだ」
 そう言って、シートベルトをはずす。
「ここは?」
 冴子は目の前に広がる林を見渡して尋ねた。
「目的の場所」
 そう言って、五嶋が前方を指差す。
 その方向を視線で追うと、冴子はハッとした表情を浮かべた。
 見慣れた車に寄りかかって、見知った男が自分達を待っていた。
「僚・・・」
 冴子は複雑な思いを滲ませて、男の名をよぶ。
 自分の半身とも言える最愛の女性と、尊敬する男の妻。
 二人の女性の安否を気遣う男の心中は、恐らく自分などでは計り知れない。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
 僚は五嶋に向かって、言った。
 その口調から、冴子は僚が五嶋と面識がある事を知った。
 恐らく、和斗経由ではあるのだろうが・・・。
 だからこそ、この状態でも二人の到着を待っていたのだろう。
 声こそ普段道理に落ち着いてはいるが、滲みでる殺気は尋常の物ではない。
「心配ない。目的はあくまでも和斗を呼び出す事だ。あの二人が揃わなければ、攫った人間にとっては、意味が無いからな」
「その言葉だと、既に犯人の目星はついているみたいだな」
 僚の言葉に、五嶋は肩を竦めた。
「まあな。予想外な人物でいささか驚いてはいるがね」
 そう言うと、五嶋は着いて来いというように歩き出した。

「どんな捜査官だったの?」
 冴子はふと興味が湧いて五嶋に尋ねた。
 五嶋は一瞬不思議そうな顔をしたが、直ぐに誰の事を聞かれたのか理解した。
「非常に優秀だったよ。歴代の捜査官の中でも5本の指に入るとまで言われていたくらいにね」
「そんなに・・・!?」
 冴子は驚いて、目を見開いた。
「というよりも、優秀すぎたと言った方がいいかもしれない」
「それが、あいつにとっては最大の不幸だったともいえるがね」
 僚の言葉に、五嶋が微かに笑みを浮かべた。

「ここは!?」
 寛弥は連れてこられた場所に、愕然とした表情を浮かべた。
「どうしてあなたがここを知っているの!!」
 あきらかに動揺している寛弥の様子に、香は心配そうな表情を浮かべる。
「まさか、君がここを知っているとは思わなかったよ」
 突然聞こえてきた声に、女が驚いて振り返った。
「僚!!」
 視界に待ち人の姿を見つけて、香が嬉しそうな声を上げた。
「どこなの?ここ・・・」
 冴子がそっと僚に聞いた。
 一番最初にここに来たという事は、この場所がどういう場所かは知っているはずである。
「どういう場所か説明してあげたら?」
 女は寛弥に微笑むと、寛弥に言った。
「ここは・・・」
 寛弥が口を開いた瞬間、冴子達の後ろから聞こえた声が遮った。
「その必要はない!」
 聞きなれた声に、冴子達が後ろを振り返った。
「ハーバーさん・・・」
 和斗と一緒に現れた女性の姿を見て、冴子が驚いた顔をした。
 まさか、彼女まで現れるとは思ってもみなかったからだ。
 ハーバーの顔を見たとたん、女の表情が青ざめた。
「どうしてこんな事をしたの・・・理沙・・・」
 ハーバーは悲しげな顔で理沙を見た。
 その名前を聞いて、寛弥も驚いて理沙の顔を見る。
「あなたが・・・理沙・コールウィン?」 
 理沙は悔しそうに唇を噛んだ。
「・・・理沙・コールウィン・・・」
 和斗の呟きに、冴子がそっと聞いた。
「誰なの?」
「さぁ・・・」
 和斗の考え込む様子に、全員が呆気にとられた顔をした。
「理沙よ!理沙・コールウィン!!広人の最期のパートナーだった人よ!!」
 寛弥の怒声に近い声に、和斗は驚いた表情を浮かべた。
 その表情を見て、寛弥はある事に気が付いてあっと声を上げた。
「・・・そういえば・・・和斗は一度も会った事が無かったわね・・・」
 寛弥の言葉に、周りは驚いて和斗の顔を見た。
「本当に何も聞いてないの?」
 ハーバーの言葉に、和斗は肩を竦めた。
「捜査官を辞めてから、あいつとは仕事の話をしなくなったからな」
「そうよね・・・あなたは彼と会う時は何時も薬を渡してたんだから」
 憎しみの篭った理沙の言葉よりも、薬という単語に全員が驚いた顔をした。
「一体、何の事を言ってるんだ?」
 訝しげな顔で、和斗が理沙に尋ねる。
「とぼけるの!?あなたが彼女を取り戻すために彼を薬漬けにしたんじゃない!!」
 そう言って、理沙は寛弥を指で指した。
 初めて聞く話に、寛弥は驚いた顔を浮かべた。
 それは和斗にしてもそうだろう。
「一体、何の話だ?」
 尚も訳の分からない顔をしている和斗にしびれを切らして、理沙は一枚の紙切れを取り出して見せた。
 その紙を見た瞬間、和斗とハーバーの顔色が変わった。
「どういう事・・・」
 紙に書かれてある文字を読み取って、寛弥は呆然と呟いた。
「・・・どうして定期的にモルヒネが投与されているの・・・?答えて!和斗!!」
 寛弥は悲鳴に近い声で叫んだ。
 モルヒネを定期的に処方される病気など、一つしか考えられないからだ。
「・・・癌・・・」
 冴子がハッとしたように呟いた。
「本当なの・・・?」
 すがるような寛弥の視線を、和斗は俯いて逸らす。
「いいかげん、ちゃんと話たらどうだ?一体、何があったんだ?」
 僚の言葉に、冴子も同意する。
「そうよ。ちゃんと話してちょうだい。そもそもの原因は一体何なの!?」
「和斗!!」
 寛弥も促す。
 しかし、一向に和斗に話し出す気配はない。
 
「何だったら、俺が話そうか?」
 突然の言葉に、全員が一斉に反応する。
「ミック!!」
「心地良い歓迎ぶりだね」
 ミックは驚いた顔を浮かべているメンバーに向って、軽く手を上げた。
「何でお前がここに居るんだ?」
 僚の問いに、ミックは肩を竦めた。
「いや〜冴子の話しが妙に気になってね。独自に調べてみたんだよ」
 その言葉に、和斗とハーバーが反応した。
 そんな二人の様子を見て、ミックはニヤリと笑う。
「どうやら、俺の掴んだ手札と和斗が隠している手札は全く同じようだな。どうする?俺が話してもいいんだぜ?」
ミックの言葉に観念したのか、ようやく和斗が重い口を開いた。