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「で、久しぶりに顔を出したかと思ったら・・・いきなり何を聞くんだ・・・」
目の前のソファーに偉そうにふんぞり返っている男を見て、五嶋は軽いため息をついた。
「お前こそ、久しぶりにあった学友にその挨拶はないんじゃないの?」
「・・・たった1ヶ月の学友だけどな・・・それに、1週間前に会ったばかりだろうが」
五嶋の言葉に、和斗が苦笑した。
「ところで、俺が聞いた質問の答えは?」
「・・・お前が俺を襲った犯人を知りたいために、わざわざ警視庁にまで顔を出す程友情に厚いとは初耳だな」
嫌味ったらしく言った五嶋の言葉に、和斗も意地の悪い笑みを浮かべて返す。
「お前一人だけだったら、歯牙にもかけないさ」
和斗の何気ない言葉に、五嶋の表情が恐いくらい真剣になる。
言外に、襲われたのは自分一人ではないという事を匂わせられ、五嶋は考え込んだ。
「・・・しかし、あの事を知ってる人間は・・・」
「槙村がいない今となっては・・・俺とお前しかいないさ」
「シンディー・ハーバーは?」
「シンディー?」
五嶋の意外な言葉に、和斗は一瞬キョトンとした。
「部分的には知ってはいても、全ては知らないよ。・・・それに、彼女はどちらかというと共犯者だよ。・・・いや、共謀者と言った方がいいかな」
この男がそう言うからには、本当にそうなのだろう。
人を見る目だけは確かな男だ。
「たく・・・相変わらずだな・・・」
五嶋はそう言うと、デスクの引き出しから分厚い封筒を取り出した。
全てを語らずに、自分の都合のいい情報のみを引き出す事の出来る目の前の男に、感嘆とも呆れともつかないため息をもらす。
「何も俺に頼まなくっても、お前なら幾らでも情報を引き出せるコネを持ってるだろうが・・・」
封筒を和斗に向かって放り投げながら、五嶋はやれやれと言った口調で呟く。
「必要なのは、公安の情報だもん。捜一や内調じゃどうにもならんでしょ。時間もかかるし」
「・・・忘れてないか?俺も公安にマークされてるんだぞ」
「それは、俺のせいじゃないだろ?自業自得というもんだ。それに、公安がお前に手が出せないのも事実だろ」
和斗の言葉に、五嶋はグッと声を詰まらせる。
この男は昔からそうだ。何時も人の2歩も3歩も先の考えを言う。
それが堪らなく悔しくもあり、楽しくもあるのだ。
「せいぜい見つからない様に出て行ってくれよ」
苦し紛れの抵抗のように、殊更嫌みったらしく五嶋が言った。
「現職の刑事が殺し屋とつるんでるなんて知れたら、3面記事のいいネタだ」
五嶋の言葉に苦笑しながら、和斗は立ち上がると入り口のドアに向かった。
「まぁ、そのうちまた飲みに行こうや」
和斗の背中に、五嶋が声をかける。
「なぁ・・・」
和斗はふと振り返ると、デスクに向かって書類を書いてる五嶋に声をかけた。
何だ?と言うような顔で、五嶋は和斗を見る。
「・・・何があっても・・・お前は、刑事を続けろよ。・・・続けたくても続けられなかった奴らのためにもさ・・・」
らしくない物言いに、五嶋が訝しがる。
「お前・・・」
「まぁ、仕方がないか。もし、本当にあの事件が元なら、俺が責任を取らなければならんだろうし・・・」
「何も、お前一人が全てを背負う事もないだろうが。少なくとも、あの件は俺にも責任があるんだし・・・まぁ、お前が何かしらの決着をつけたいと言うのなら構わんがな。せいぜい、彼女を泣かせるような事だけはするなよ」
五嶋の言葉に、和斗は深々とため息をついた。
「・・・どうして俺の周りの人間って、そろいもそろって、俺よりも寛弥の心配ばかりするんだろう・・・」
「そりゃ・・・お前には勿体無いくらい、いい人だからだろ」
五嶋の言葉に、和斗の顔が引きつる。
「・・・分かりやすい、ストレートな言葉をありがとう」
そう言って部屋を出て行く和斗を、五嶋はしてやったりという顔で見送った。
「野上刑事!!」
後方から名前を呼ばれて、冴子は声がした方に顔を向けた。
「いいかげん、真面目に顔を出してくださいよ〜。もう、嘘を吐くネタもないですよ〜」
困り果てた様子でそう言う金石の言葉に、冴子は思わず理由を考えているのはお前ではないだろうというツッコミを入れたくなったが、ぐっと我慢した。
ここで金石の機嫌を損ねては、せっかくのスケープ・ゴートが居なくなってしまう。
それは得策ではない。
冴子は瞬時にそう判断すると、とりあえず金石の機嫌を取るために了承の意を伝えた。
冴子の様子に満足したのか、金石はホッとした表情を浮かべた。
ひょっとしたら、課長あたりから何か言われていたのかもしれない。
「ところで、何処にいかれるんですか?」
金石の言葉に少々うんざりしながらも、冴子はラウンジに居る事を告げる。
「じゃぁ、会議の時間になったら呼びに行きますから、必ず居て下さいよ!!」
金石の言葉に、冴子は何事もなければね・・・と内心呟きながらエレベーターに向かった。
「すいません!!」
今にも閉まりそうな扉に向かって叫ぶと、冴子は慌てて走った。
エレベーターを一台やり過ごして、貴重な時間を潰すなどゴメンである。
冴子の声が聞こえたのか、エレベーターの中に居た人物が手で扉を押さえた。
「ありがとうございます・・・」
冴子は中に居る人物にお礼を言う。
「いえ・・・」
その声に驚いて、冴子は顔を挙げた。
意外な人物に出くわし、冴子は目を見開いた。
「・・・五嶋警部・・・」
冴子の様子を不思議そうに見ながらも、五嶋は目的の階の番号を押そうと手を伸ばした。
とっさに、冴子は五嶋の手を押さえた。
今を逃したらダメだという刑事の感だったのかもしれない。
「・・・大胆なアプローチですね・・・」
五嶋の何処か外れた言葉に、冴子は慌てて手をどけた。
「違います!!お聞きしたい事があったんです!!」
冴子の剣幕にもどこ吹く風という様子で、五嶋は興味深げに見ている。
「生憎、今月はスケジュールが立てこんでまして・・・とてもデートをする余裕は・・・」
「誰が結婚してる人間を誘いますか!!」
毒気を抜かれてがっくりとうな垂れた。
どうして、こうも自分の周りには似たようなタイプの男が集まるのだろうか。
冴子はどうにか気を取り直すと、再度五嶋に尋ねた。
「あなたを襲った犯人についてしりたいんですが・・・」
「特捜の人間が出張る程、大げさな事件ではありませんよ」
「同一犯と見られる犯行が、立て続けに3件も起きているんです」
冴子の言葉に、五嶋は暫し考え込むと取りあえずラウンジのある階のボタンを押した。
「・・・それを知った所でどうするんです?あなたがこのゲームに参戦する事は、我々も犯人も望んではいませんよ」
先程とは打って変わった雰囲気に、冴子は息を飲んだ。
五嶋の纏っている空気が研ぎ澄まされる。
まるで、仕事の時の和斗や僚と対峙しているようだ。
(だてに公安に所属していたわけじゃないわね・・・)
冴子は、五嶋の雰囲気に飲まれないように気合を入れなおした。
そして、階数の表示を見る。
そう時間はない。
「槙村に関わる事よ」
「でも、彼の変わりに選ばれたのはあなたじゃない」
五嶋の言葉に、冴子は悔しそうに唇を噛んだ。
五嶋のいう事はもっともだ。
槙村の変わりに選ばれたのは、彼の妹とその恋人である。自分ではない。
「あなたは傍観者でなければならないんですよ。いわば、このゲームの審判です」
五嶋の言葉の意味が分からず冴子が口を開けた瞬間、エレベーターが目的の階に着いた。
「時間切れですね」
五嶋は申し訳なさそうな表情を浮かべると、冴子を外に出した。
が、口調は全然申し訳なさそうではない。
「待って!!」
冴子が呼び止めた瞬間、彼女の携帯が鳴った。
とにかく待ってと言うように身振りで五嶋に示すと、冴子は携帯に出る。
「もしもし!!」
冴子の怒りの篭った口調に動じる事なく、相手の人物が捲くし立てる。
「香さんが居なくなったってどういう事よ!麗香!?」
「あたしに聞かないでよ!!どうしよう・・・姉さん・・・」
麗香の心底困りきった様子に、冴子が訝しがる。
「僚には知らせたの?」
「冴羽さんなら、すぐさま追いかけて行ったわよ」
電話越しの相手が麗香から美樹に変わった。
「美樹さん?」
先を促す様に、冴子が美樹の名を呼んだ。
「・・・寛弥さんも一緒なのよ・・・しかも困った事に、保科さんと連絡がつかなくて・・・」
冴子がとっさに五嶋の方を見た。
その表情に何かを察したのか、五嶋がエレベーターから出てきて、冴子の傍に寄った。
「・・・わかった。和斗の事はこっちで何とかするわ」
冴子は電話越しに美樹に指示を出すと、通話を終えた。
「表に車を回してくる」
「彼女達が何処に居るか知ってるの!?」
冴子が慌てて五嶋に聞いた。
「今は説明している暇はない。取り返しのつかなくなる前に止めないと・・・」
「そうね・・・」
五嶋の言葉に、冴子は頷く。
今はそんな場合ではない。
五嶋の後ろ姿を見送ると、冴子も動きだした。
「野上刑事!!」
ついてない時とはこういうものである。
冴子は自分を呼び止めた金石の声に舌打ちした。
「急いでるの!!そこどいて!!」
目の前に立ちはだかる金石に、冴子は苛々した口調で言った。
「今日という今日は逃がしませんよ!!」
「お願い、妹が危篤なの!!」
「一体、何回危篤になるんですか!妹さんは!!今月だけでも、もう5回も危篤になってますよ!!」
(変な所で、物覚えがいいわね・・・)
冴子は妙な感心をしながら、目の前の金石をどう交わすか考えた。
「金石君・・・お願い・・・」
「泣き落としてもダメですよ。何が何でも連れて来いって課長に言われてるんですから」
その瞬間、冴子の体が沈んだ。
「金石君、ごめん!!」
冴子は先に謝ると、金石を投げ飛ばした。
派手な音を立てて、金石の体が床に落ちた。
幸いだったのは、そこに人が余り居なかった事だろう。
慌ててその場を立ち去りながら、冴子が金石に叫んだ。
「課長には、生理痛で早退するって言っておいて!!」
後に残された金石は、情けない表情を浮かべた。
「・・・男の僕にそれを言えっていうんですか・・・しかも、課長に・・・」
そして盛大なため息をつくと、ポツリと呟いた。
「・・・転属願い・・・出したら受理されるかな・・・」