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「もう!一体、何がどうなってるのよ!!」
 冴子は資料室のコンピューターを眺めながら、愚痴たれた。
 犯人はわからない、動機もわからない。
 分からないだらけなのに、犠牲者だけが増えていく。
 そんな焦りが、冴子をより一層苛立たせていた。
「そういえば・・・」 
 冴子と一緒に資料室に篭っていた金石が、恐る恐る冴子に声をかけた。
「野上刑事に来た悪戯メールって、誰からかわかったんですか?」
「あんなふざけたメールなんか、どうでもいいのよ!!」
 とたんに冴子に怒鳴られ、金石は首を竦めた。
「そんなに、ふざけてたんですか?」
「メールに“おじいさんの古時計”のメロディーを添付してくるのよ!?」
 冴子の言葉に何かを思い出したのか、金石が突然口を開いた。
「そういえば・・・そんな事件がありましたよね・・・」
 金石の発言に、冴子が凄い勢いで詰め寄った。
「どういう意味!!」
 冴子の剣幕に押され、金石はたじろいだ。
「昔、FBIが扱った事件にそう呼ばれてた事件があったんですよ。何でも、担当した捜査官が、犯人に執拗に付き纏われて辞めたとか・・・」
 FBIという単語に、冴子が反応した。
 昔、槙村がFBIに知り合いがいるという事を言っていたのを思い出したのだ。
「何でもっと早くそれを言わないのよ!!」
 冴子の怒りに肩を竦めながら、金石が情けない声で抗議した。
「だって〜ひと言もそんな事言わなかったじゃないですか・・・」
 金石の言葉を聞き終わらないうちに、冴子は急いで部屋を出て行った。
「ちょっと、野上刑事!課長には何ていうんですか!?」
 金石が慌てて声をかける。
「倒れて救急車で運ばれたとでも言っといて!!」
 そう叫ぶ冴子の後姿を見て、金石がポツリと呟いた。
「倒れて救急車で運ばれたって・・・一番課長が信用しないじゃないですか・・・」


「ミック!ミックは居る!?」
 開口一番、馴染みの喫茶店に顔を出した冴子は店内を見渡した。
 カウンターに座っていたミックは、冴子の声に驚いた顔をした。
「どうしたんだい?冴子。デートのお誘いなら嬉しいんだけど・・・」
 とたんに冴子に睨まれ、ミックは肩を竦めた。
「ねぇ、あなた知り合いにFBI捜査官居る?」
 冴子の様子に戸惑いながらも、ミックが頷く。
「いることはいるが・・・ワシントンだぞ」
「・・・時間がかかるわね・・・」
 冴子の困った表情を見て、ミックは不思議そうな顔をした。
「急ぐの?・・・元FBI捜査官ならすぐ連絡が取れるけど・・・」
「すぐに連絡をとって!!」
 冴子の勢いに、ミックは慌てて立ち上がると電話に向かった。

「冴子、こちらシンディー・ハーバー。こう見えても、1児の母なんだよ」
 ミックの言葉に、シンディーは余計な事を言うなというようにミックの膝を叩いた。
「シンディー、こちら警視庁の野上冴子刑事」
 ミックは苦笑すると、冴子を紹介した。
「で、警視庁の刑事さんが、今さら引退した人間になんの用ですか?」
 流暢な日本語で、シンディーは冴子に聞いた。
「このナンバーを見て欲しいんです」
 冴子はそう言うと、自分宛てに来たメールを印刷した紙を二人の前に出した。
 ミックは興味深そうにそのメールを見ている。
 一番下の番号を見た瞬間、シンディーはハッとして冴子の顔を見た。
「このナンバーをどうやって!!」
 シンディーの様子に、冴子はやはりと言うようにため息をついた。
「では、間違いなくこのナンバーはFBIのIDナンバーなんですね」
 冴子の言葉に、シンディーは戸惑いながら頷いた。
「というよりも・・・このナンバーは一介の捜査官では入手できないはず・・・」
「誰なんだい?そのIDを持つ人物は・・・」
 シンディーは困った顔でミックを見た。
「・・・あなたの良く知っている人物よ・・・」
 誰?と言うように、ミックが首を傾げる。
「・・・寛弥のIDナンバーよ」
 冴子もミックも驚いて目を見張った。
「じゃぁ、この上のナンバーは?」
 冴子に言われて、シンディーは改めてナンバーを見たが、静かに首を振った。
「そう・・・」
 冴子は残念そうに呟くと、紙を折りたたんでしまった。 
「ところで・・・“おじいさんの古時計”と呼ばれた事件について聞きたいんだけど・・・」
 その単語に、シンディーはおろかミックまでもが過剰に反応した。
「・・・その事件の何を聞きたいの?」
「犯人に付き纏われて辞めた捜査官がいるとか・・・」
「ブラウン主任の事?」
「ブラウン?」
「えぇ。ウィリアム・ブラウン主任。犯人逮捕の時に重症を追って・・・それで・・・」
「和斗の事じゃないのね・・・」
「和斗って・・・保科主任の事?」
「主任?」
「えぇ。ブラウンの後を継いで・・・さっきの紙、もう一回見せてくれる?」
 何かを思い出したかのように、言うシンディーに冴子は慌てて先程の紙を出した。
「0157931・・・思い出した・・・これ、保科主任のバッジナンバーよ」
「保科・・・主任?」
 冴子とミックが驚いた声を出した。
 二人の反応に、シンディーが戸惑う。
「あいつが・・・主任?」
 ミックが笑いを噛み殺しながら呟いた。
「ブラウンが強く推薦したのよ。周りも反対しなかったし・・・」
「それだけ優秀なら、何で辞めたの?」
 冴子の疑問に、シンディーが戸惑いながら答えた。
「ブラウンが襲われたのよ。古時計の犯人のファンに・・・」
「そうか!思い出した!!古時計の犯人は、ジョン・ファウリーか!?」 
その名前に、冴子は息を飲んだ。
20世紀最大の凶悪犯として、有名な人物である。
確か懲役300年を言い渡されて服役中のはずだ。
「どうしてブラウン捜査官が襲われて、和斗が辞めなければならなかったの?」
「ブラウンは最後まで彼の事を気にしてたのよ」
「どうして?」
「ブラウンは、保科主任が入局した当初からコンビを組んでたから・・・」
 その言葉に、冴子がまったをかける。
「和斗の相棒って深沢さんじゃないの?」
「広人?彼はブラウンの後に組んだのよ」
 シンディーの言葉に、冴子は考え込んでしまった。
 ひょっとしたら、この話が今回の件に関わっているのでは・・・と思ったのだが・・・
「どうかしたのかい?冴子」
 ミックが心配そうに覗き込んだ。
 丁度その時、この店の女主人が外出先から帰ってきた。
「どうした?美樹。浮かない顔をして・・・」
 夫であり、この店のマスターである海坊主が心配そうに聞いた。
「たいした事じゃないのよ。香さんの着替えを取りにいったら、彼女の写真が混じってて・・・何時変えそうかと思って・・・」
「普通に返せばいいんじゃない?」
 話を聞いていた冴子やミックが不思議そうな顔をした。
「う〜ん・・・」
 渋る美樹の様子に不思議に思ったミックが、美樹の座っているカウンターの席に行き手元の写真を除いた。
「和斗だよね・・・この左の人物」
 ミックの指差した人物に、美樹も同意する。
「この・・・香を抱いている人物は誰だろう?」
 ミックはそう呟くと、写真を冴子に見せるため席に持っていた。
 その写真を見たとたん、冴子の顔が強張る。
 その写真には幼い香を抱きかかえている男を中心に、左右に2人映っている。
 その写真の人物の内2人の顔に冴子は見覚えがあった。
「この、香に顔を向ける方向を教えているのが、和斗だよな・・・」
 ミックが冴子の後ろから写真を覗き込んで、指差した。
「こっちが五嶋さん」
「五嶋?」
 シンディーがその名前に反応した。
「警視庁の刑事ですよね・・・確か」
「知ってるの?」
 その言葉に、シンディーが頷いた。
「何度か保科主任の所に訪ねて来てたから・・・」
 ふと、シンディーの視線が香を抱いている男に注目した。
 その様子に気づき、冴子が声をかける。
「知ってるの?この人・・・」
「広人よ、この人!!」
 シンディーの言葉に、冴子が驚いた顔をした。
 見えない壁がようやく取り払われた。
 そんな感じである。  
「シンディー、槙村という名前に心当たりない?」
 冴子の言葉に、シンディーが考え込んだ。
「そう言えば・・・昔、アカデミーで寛弥と話してた男の人・・・確か、寛弥が槙村さんって言ってた気がしたわ・・・」
 ハッとした顔で、冴子とミックが顔を見合わせた。
「ねぇ、この人物達が関係している事件がFBI時代になかった?」
 冴子の疑問に答えたのは、意外にも海坊主だった。
「五嶋って刑事、確か公安にいなかったか?」
 海坊主の唐突な問いかけに、冴子は戸惑いながらも頷いた。
「何か知ってるのか?海坊主」
 ミックの言葉に、珍しく海坊主が言いよどんだ。
「俺も詳しくは知らんが・・・お前も噂ぐらいは聞いて知ってるだろ?あいつが、銃を持たなくなった原因となった事件を・・・」
 ミックとシンディーがはじかれたように海坊主を見た。
「どういう事?」
 一人訳がわからず、冴子が訪ねた。
「お前も知ってるはずだ。現職警官の要人暗殺として、マスコミに取り上げられたからな」
「ちょっと待って!じゃぁ、その人物が深沢広人!?」
 冴子はそう呟くと、写真に目を落とした。
 年齢よりも若々しい、何処かあどけない顔立ち。
 屈託の無い笑顔を浮かべている人物がそんな事をしでかすとは到底思えなかった。
 その疑問をミックや海坊主に問うと、珍しく二人が黙り込んだ。
 沈黙を破ったのは、シンディーだった。
「・・・寛弥が人質にされて・・・それで、広人が・・・広人は寛弥の婚約者だったから・・・」
 シンディーの言葉に、冴子が天井を仰いだ。
 間違いなく、この事件が今回の事件に関係してる。
 ようやく、パズルの欠けたピースが埋まった瞬間だった。