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 香の寝ている病室に、和斗がそっと現れた。
 夜間のため、誰にも悟られないよう気配を殺している。
「・・・和兄・・・?」
 ベッドの傍に置いてある椅子に腰掛けた和斗に、香が声をかけた。
「悪い、起こしたか?」
 和斗は香に微笑むと、そう言った。
「ううん。起きてたから・・・でも、どうして?」
「工藤さんが知らせてくれてね」
「そう・・・工藤さんが・・・それにしても・・・和兄、電話番号あの時から変わってないの?」
 香の呟きに、和斗は苦笑した。
「プライベートで使ってる番号だからね。そうそう変えれないよ」
「バレちゃったかな・・・僚に・・・」
 香はそう言うと、窓の方に顔を向けた。
「・・・大丈夫じゃないか?」
 和斗もそう言うと、香が見ている方向に視線を向けた。
 しかし、見えるのは果てしない闇ばかりである。
「・・・僚には黙ってて・・・」
 香は視線を和斗の方に向けると、頼み込んだ。
 そんな香の様子に、和斗は首を傾げる。
「・・・あの事を僚が知ったからって、あいつの見る目が変わるとは思わないが・・・」
「でも・・・僚は責めるから・・・自分には関係ない事なのに・・・自分自身を責めるのよ。・・・バカよね・・・僚と出会う前の事なのに・・・」
「それは僚だけじゃないさ。俺や海坊主だって寛弥や美樹さんが似たような事になったら、同じ様に自分を責めるさ。例え、それが自分とは関係ない所で起こった事だとしてもね」
「そうかな・・・」
「そういうもんです。さぁ、もう休め。俺も、もう行くから」
 そう言って立ち上がった和斗を、香が引き止める。
「ねぇ・・・兄貴が関わってるのかな・・・?」
「さぁ?それは今の段階では何とも・・・」
 和斗の言葉に、香は軽くため息をついた。
「そっか・・・そうだよね・・・」
「とにかく、大丈夫そうでよかったよ」
「うん。ありがとう・・・和兄、僚の事お願いね。あたしがいない間、あいつがはめをはずさない様に、しっかり監視してて」
 香の言葉に、思わず和斗が吹き出した。
 自分の事より僚の事を気にするあたりが、香らしい。
この様子なら、大丈夫そうだ。
和斗は安心すると、しっかりと頷いた。
「分かった。しっかり監視する」
 その言葉に安心して、香は目を閉じた。
 香が寝入ったのを確認すると、和斗は静かに部屋を後にした。

 病室の向かいの壁に背を預けながら、良く見知った男が立っていた。
 和斗もその男の出現は予想していたのだろう。
 さして驚きもせずに、目線で向こうに行くよう促した。
「やはり、ここに来たか・・・」
 香には聞こえず、それでいて香の病室に目が行き届く距離で立ち止まると、僚が和斗に言った。
「お互い様だろ」
 和斗の言葉に、僚が苛立った様に怒鳴った。
「一体、何が起こってるんだ!!」
 そんな僚の様子に、和斗が不思議そうな顔をした。
「何をそんなに苛立ってるんだ?お前らしくもない・・・」
「理由も分からず3度も香が襲われれば、苛立つさ!!」
 僚の言葉に、和斗が驚いて目を見張った。
「3度って、どういう事だ!?」
「ついさっき、不信な看護婦が病室の前に居たんだよ。俺の姿を見たら、逃げ出してったがな」
 その言葉を聞いて、和斗が考え込んだ。
「・・・香が言ってたあの事と関係があるのか?」
「・・・それを聞いてどうする?・・・お前、自分の過去も持て余してるのに、香の過去まで背負い込めるのか?中途半端な愛情は、かえって酷だぞ」
 和斗のもっともな言葉に、僚は返事を返す事が出来なかった。
「・・・そういうお前だって、香を捨てた人間じゃないのか?かつて、俺を捨てたように!!」
 僚の言葉に、和斗は黙って手近な長椅子に腰掛けた。
 その表情からは、何の感情も伺えなかった。 
暫くして、和斗がようやく思い口を開いた。
「槙村がお前と組むと言った時にな、俺が言ったんだよ。もう会わないし、会いに来るなってね」
 思いもかけない言葉に、僚は驚いた表情をした。
 そんな僚の様子に、和斗は苦笑する。
「仮にもシティーハンターの相棒となる人物が、親しげに同業者とつるむわけにもいかないだろ。・・・香の事もあるしな」
「・・・前々から疑問に思ってたんだが・・・一体、槙村とはどういう関係だったんだ?」
「過去を共有してた関係」
 和斗の言葉に、僚はガックリと肩を落とした。
「ふざけんな!!そんな事を言ったら、俺と冴子だって過去を共有してた関係じゃないか!!」
 僚の言葉に、和斗はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
 しかし、直ぐに真面目な表情になる。
「ある秘密を共有している間柄だった・・・」
「秘密?」
「あぁ。その事を槙村に話した時、自分達に近づいたのは偶然か故意かと聞かれた」
「何て答えたんだ?」
「正直に答えたさ。偶然だってね」
「その秘密が、今回の件に関わってるのか?」
「それはない」
 きっぱりと断言した和斗を、僚が不思議そうに見た。
「その件が今回の事に関わっているのなら、もう一人、確実に狙われる人間がいる。だが、その人物は今回狙われていない。それに、その事を知っていて悪用しようとする人間はもういないはずだ。・・・全部俺が始末したからな」
「信じていいんだな」
 その言葉に、和斗が頷く。
 それっきり、僚は黙って考え事をしだした。
 和斗が始末したというのなら、信じていいはずだ。
 仕事に関して、この男が手を抜く事はありえない。
「なぁ・・・」
 暫くして、僚が口を開いた。
 何だ?と言うように、和斗が視線を僚に向ける。
 僚は和斗から目をそらすと、視線を床に落としてポツリと呟いた。
「お前に出来たんだから・・・俺にも出来ない事はないよな・・・」
 何が?と聞かなくとも、和斗には僚のいいたい事が分かっていた。
「教えてくれないか?あの工藤とかいう刑事と香の関係」
 そう言った僚の目からは、強い決意が見えた。
 先程までの迷いは微塵も無い。
 和斗はそれを確認すると、おもむろに口を開いた。
「・・・お前、香の出生の事は槙村から聞いてるよな?」
 和斗の言葉に、僚が頷く。
「工藤さんはな、昔新宿署の少年課の刑事だったんだ」
「少年課?」
 僚は不思議そうに呟いた。
 どうも、少年課の刑事と香が結びつかないのだ。
 和斗も僚の考えている事が分かったのか、苦笑した。
「一時期な、荒れてた時期があったんだよ。あれは確か・・・中2の夏休みだったかな?」
 僚の表情が驚きに変わる。
「想像もつかんだろ?今の香からは・・・」
「何でまた・・・」
「よくある話だ。友達の用事に付き合って、面白半分で戸籍を取り寄せたのさ。本人も驚いただろう。今まで当たり前だと思っていた生活が、一変するんだからな」
「それで荒れたのか?」
「いや。丁度夏休みだった事もあって、自分で調べたらしい。本当の父親がどうい人物なのか・・・ショックだっただろうな・・・父親が殺人犯だと知った時は・・・でも、それを槙村に確かめる事は出来ないし。それで鬱積が溜まっていったんだろ。いきなり少年課から連絡が来たときはな、正直驚いたよ」
「何で香は槙村ではなく、あんたの所に連絡したんだ?」
「丁度、俺が長期休暇で日本に居たっていう事もあったかもしれんが・・・一番の理由は、槙村に知られたく無かったからだろう。当時、あいつは刑事に成り立てだったからな。妹が補導されたなんて事が噂になったら大変だろ」
「槙村は知ってたのか?」
「さぁ?知らなかったかもしれんし、知ってて俺に任せてたのかもしれん」
「どういうことだ?」
 僚の問いに、和斗は黙って天井を見上げた。
 蛍光灯のあかりを見ながら、和斗がポツリと言った。
「俺もな、香と同じなのさ。・・・養子に出された犯罪者の息子なんだよ」
 その言葉に、僚の目が驚きに見開かれる。
 初めて聞く話に、戸惑いを隠せないといった様子だ。
「・・・・ずっと、お前が支えてたのか?」
「まさか!あいつを支えてたのは、揺ぎ無い槙村の愛情だよ。俺はそれを気づかせただけ」
「どうして、俺に話す気になったんだ?」
「お前には、知っててもらいたかったんだよ」
 僚が訝しげな顔をした。
「今回は今までとは違う。ただ傷つけるためとか、攫うためとかが目的じゃぁない。
まだ、何か仕掛けて来るような気がするんだ・・・」
「これ以上、一体何を・・・!?」
 そう言ったとたん、ハッとした表情で僚が和斗を見た。
「香の過去か!?」
「あるいは、お前との関係かもしれん」
 僚は忌々しげな表情をすると、和斗に聞いた。
「お前はこれからどうするんだ?」
「とりあえず、餌を撒いてみる。・・・上手く引っかかってくれればいいんだが・・・」
 そう言って、和斗は立ち上がった。
「僚、香を頼むぞ。境界を超えられたら、俺にはどうする事も出来んからな」
「分かった」 
和斗の言葉に、僚は神妙に頷いた。