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「麻生先輩!!」
後方から名を呼ばれた女性が、立ち止まって振り返った。
「よかった〜間に合った・・・」
息せき切って自分に近づいてきた女性を、彼女が不思議そうな顔で見る。
「どうかしたの?」
走ってきた女性の息が整うまで待って声をかける。
「警視庁から検死の依頼です」
その言葉に、彼女の眉間に皺が寄った。
「今週はうちの大学の担当じゃないでしょ?何でここに・・・」
「さぁ・・・でも、麻生先輩を指名してきましたよ」
「あたしを?」
後輩の言葉に、彼女の顔が曇る。
余計な事でまた科捜研と揉めるのは避けたい。
その表情に、彼女の考えている事が分かったのか、後輩が微笑んだ。
「大丈夫ですよ、先輩。今回は科捜研も文句は言ってきませんよ。何か検死を依頼してきた刑事がかなり力があるみたいでしたから・・・上層部に知り合いでもいるんですかね・・・」
その言葉に、彼女は検死を依頼してきた刑事が誰であるのかピンときた。
「どうします?断りますか?先輩、お昼まだでしょう?」
その言葉に、彼女はしばし考え込む。
(あたしは別に断ってもかまわないけど・・・後々多方面に被害がでるわね・・・)
「いいわ。引き受けるって伝えておいて」
彼女は刑事の顔を思い浮かべると、内心ため息をついて来た道を戻っていった。
「・・・やっぱり冴子さんだったのね」
部屋に入ってきた刑事の顔を見るなり、部屋の主がため息をついた。
「やっぱりっていう言い方はないんじゃない?寛弥さん」
冴子が苦笑しながら部屋に入ってきた。
「いい部屋使ってるわよね・・・」
部屋の中をぐるりと見回して、冴子は手近にあるソファーに腰を降ろした。
彼女の職場に顔を出すのはこれが初めてである。
「一応、研究室も兼ねてるから」
寛弥はそう言うと、コーヒーでいいかというように、コーヒーサーバーを掲げて見せた。
「新しい部下?」
入り口の扉に立っている男性を見て、寛弥が冴子に尋ねた。
「そ。金石君っていうの」
冴子が簡単に紹介する。
「どうして誰も彼も同じ事しか言わないんですか?これでも、僕は野上刑事の相棒のつもりなんですよ!!」
その言葉を聞いて、寛弥が面白そうに冴子の方を見た。
冴子は肩を竦めると、寛弥が置いたコーヒーカップに口付けた。
「どう見ても、あなたは相棒って感じには見えないもの」
寛弥の言葉を、冴子が面白そうな顔をして聞いている。
「どうしてそんな事が分かるんですか?」
「だって相棒なら野上刑事なんて呼び方はしないもの。さしずめ、刑事になって2,3年って所かしら?」
その言葉に、冴子と金石が驚いて目を見張った。
「当たり!どうしてわかったの?」
冴子が心底不思議そうに寛弥に聞いた。
「簡単よ。刑事としての貫禄がないもの彼。それでいて新人のように鈍くさくもないし」
「貫禄?」
「そ。冴子さんがこの部屋に入るなり刑事の顔になったようにね。こういった部屋に入ると、おのずと職業顔に変わるのよ皆。大抵の人は分かるわね・・・刑事か弁護士か医者か検事か。ちなみに、2、3言会話しただけでキャリア組かノンキャリ組かも分かるわよ」
「・・・そんなところまで・・・よく見てるわね・・・」
「後々の食事の魚にするために」
「・・・肝に銘じとくわ・・・」
冴子が強張った笑みを浮かべた。
行く先々で何を言われているのか考えただけで薄ら寒い物を感じずにはいられなかった。
「検死結果を教えて貰ってもいいかしら?」
コーヒーを飲み干すと、冴子がここにやってきた目的を聞いた。
寛弥はデスクに置いてある書類を手に取って彼女に渡す。
「死因は心臓破裂による出血死。不信な点も一切無し」
実に単純明快な答えに、金石が狼狽する。
「本当に何にもないんですか?」
不信そうな口調に、寛弥は涼しげな顔で答える。
「疑問に思うんなら、他の人に頼んでもいいわよ。まぁ、100人中100人が同じ答えを出すけど」
寛弥の言葉に満足そうな顔をすると、冴子が金石の方を向いた。
「金石君、悪いんだけど科捜研に行ってデーターを貰って来てくれない?もうそろそろ出来上がるころだと思うから」
冴子の言葉に、金石は一瞬不満顔を浮かべたが、所詮上司に逆らえるわけも無く・・・仕方なしに冴子の言葉に従って部屋を後にした。
金石が出て行ってから暫くして、冴子が口を開いた。
「ねぇ、つかぬ事を聞きたいんだけど・・・プロの犯行だと思う?」
「・・・冴子さん・・・本当はそれが聞きたかったのね?」
呆れた口調で、寛弥が言う。
「家の人に直接聞いた方が早いんじゃない?答えも的確だし」
「そうしたいのは山々なんだけど・・・寛弥さんの前でこう言うのもなんだけど、あんまり貸しを作りたくないのよね・・・和斗には」
「まぁ、確かに。あの人に貸しを作るくらいなら、悪魔に魂を売った方がマシだとは思うけど」
「・・・あなたでもそう思うのね・・・」
乾いた笑いをする冴子を見て、寛弥が苦笑する。
「あたしだから特にじゃない?あいつの表も裏も知ってるから」
「なるほど・・・」
その言葉に、冴子は妙に納得する。
「で、本題に戻るけど・・・あなたの個人的な意見を教えて欲しいの」
「拳銃の扱いに馴れていて、最低1回は人を撃った経験のある人」
寛弥の言葉に、冴子の眉間に皺が寄る。
「それはプロ中のプロも当てはまるって事?」
「冴子さんがどのレベルを指しているか分からないんだけど・・・少なくともあたし達の周りの人間ではない事だけは確かだと思うわよ」
その言葉に、冴子が不思議そうな顔をする。
「変わった趣向の持ち主だとか、わざとそういう殺し方をしたとか、そう言った事は省くのを前提に話すけど・・・一流もしくはそれ以上と言われるスイーパーは、誰もが殺し方は全く一緒なのよ」
「そうなの?」
初めて聞く話に、冴子は興味津々だった。
ぶっちゃけた話、こんな話が聞ける機会は滅多にない。というか、人生にあるかないかである。
「的確に急所を狙う。ただそれだけ。遠方狙撃の場合は、頭と首と心臓の3パターン。至近距離の射撃は頭か心臓のみ。蛇足だけど、特殊部隊の軍人が無意識に射つ時は、頭と心臓の2箇所」
「・・・勉強になるわ・・・」
「あたしも和斗の受け売りだけどね」
そう言って寛弥は苦笑する。
「ありがとう。色々と参考になったわ」
お礼を言って立ち去る冴子の後姿に、寛弥が声をかける。
「冴子さん。言われなくても分かってるとは思うけど・・・一応警察関係者もリストに入るから・・・」
その言葉に、冴子は内心ドキリとしながらも表面上は笑顔を浮かべた。
「何者なんですか?あの先生」
車に戻ると、中で待機していた金石が尋ねた。
金石が科捜研から貰ってきた資料に目を通しながら、冴子が聞き返した。
「誰の事?」
「あの麻生とかいう解剖医ですよ」
「元FBI捜査官よ。アカデミーで教鞭を執りながら、数々の難死体を解剖して事件解決に導いた有名人。ちなみに解剖医じゃなくて法医学者」
冴子の言葉に、金石はゲッという顔をした。
「そんな優秀な人がどうしてこんな一大学に?科捜研にいてもよさそうなのに・・・」
「もちろん科捜研もスカウトしたわよ。即効断られたらしいけど。FBIのラボと同等の設備が整っている所じゃなければ嫌だって。当時は科捜研も設備が整ってなかったから・・・」
「凄いんですね・・・」
金石が感嘆の声をあげる。
「横恋慕してもダメよ、金石君。彼女結婚してるから」
からかい口調で言う冴子に向かって、金石はムッとした表情を浮かべる。
「そんなんじゃありませんってば!先輩、面白がってるでしょ!!」
「あら、わかる?」
金石の言葉に、冴子は書類から顔を上げると微笑んだ。