掛け合い
「あ〜もうたくさんだ!!」
男は小声でそう叫ぶと、髪の毛を掻き毟ってしゃがみ込んだ。
「煩いぞ、僚」
隣に佇んでいる男が冷ややかな目で僚を見た。
「一週間だぞ、一週間。それも、こんな地味な事を毎日毎日・・・!」
「監視が派手だったら、意味ないだろうが」
どこかズレてる発言に、僚が肩を落とした。
「違う〜!!そうじゃない!!何で俺が手伝わなけりゃならないんだ?お前が冴子から請けた仕事だろうが!!」
その瞬間、和斗の殺気の篭った視線が投げかけられる。
「そもそも、何で俺が冴子の仕事を請けるはめになったのか、そこらへんをきちんと理解しているのかな〜僚君は」
その口調と威圧的なオーラに、僚は冷や汗を流した。
確かに、自分に原因が無いとはいいきれない記憶がある。
この間の事件の際に、倉庫を一棟破壊。それが、何か曰くつきの倉庫だったらしく、怒り狂った冴子の追及を逃れる為に、あろう事か和斗に全ての罪を擦り付けたのだ。
当然、保科夫妻には邪険にされ、香には相手にしてもらえず・・・かなり肩身の狭い思いを、今現在もしている身である。
更に恐ろしい事に、冴子はどういう脅しをかけたのか、ここ一ヶ月和斗を自分の手足のごとくこき使っている。和斗も文句の一つも言わずに動き、尚且つ僚にも文句も言わないものだから、最近じゃぁ新宿怪談の新たな七不思議の一つに数えられている。
「・・・しかたがないだろうが・・・まさかターゲットが二人だとは思わなかったんだよ」
「それも、図ったかのようにこんな夜中だぞ!」
「・・・夜型のターゲットを恨めよ・・・」
嫌がらせだ、いじめだと叫ぶ僚に、和斗はうんざりとした表情で呟いた。
「そもそも、何で俺が男でお前が女の監視なんだ」
「お前に女の監視させたら、監視の意味がなくなるだろうが・・・」
「・・・どういう意味だよ・・・」
「日頃の行いを考えろ」
和斗はそう言うと、地面に直接腰を下ろした。
肩ひざを立て、壁に背を預ける。
僚も和斗に習って、向かいで同じ格好をした。
タバコを取り出した僚の頭を和斗がはたく。
「何すんだよ!」
叩かれた頭を抑えながら、僚が小声で抗議する。
「手近にいい叩き台があったもんでつい」
「俺はストレス発散台か!?」
「・・・虚しくないか?男二人、路地の片隅で肩並べて小声で言い争うの・・・」
「あらためて言うな。気が滅入る」
僚は心底嫌そうに言うと、深いため息を吐いた。
「こんな地味な仕事は、タコ坊主向きだな」
僚は再びタバコを取り出し口に銜えると、和斗にも勧めた。
「性格的にはそうだが、体格的には向かないな」
煙を吐きながら、和斗は海坊主の体格を思い出しながら答えた。
「・・・たしかに・・・即、通報されてるな」
僚は苦笑すると、しげしげと和斗の格好を見た。
「何だよ・・・」
視線に気が付いて、和斗が不思議そうな顔をする。
「いや、お前が意外にジャージ姿が似合ってることに、ちょっと驚きでね」
「いい男は何を着ても似合うんだよ」
「言ってろ!しかし、その格好で来た時はマジに帰ろうかと思ったぞ」
「本気で帰ろうとしてたじゃないか・・・」
「・・・ナイフで脅されて、踏みとどまったけどな」
「・・・着替えに戻る時間がなかったんだよ・・・」
「・・・何やってたんだ?」
「診療。どうして、こんな格好してるか聞きたい?」
楽しそうな表情の和斗とは対象的に、僚は嫌そうな顔をした。
「こんな夜中に、気が滅入る話は聞きたくない」
「いやいや、これが中々面白いんだよ」
和斗の皮肉った口調に、僚は片眉を上げた。
「うちの研修生の木内。知ってるだろ?」
「あぁ、あのひょろりんか・・・」
僚は人懐っこい笑みを浮かべる、ひょろっとした男の顔を思い浮かべた。
「そう。大学病院を蹴ってうちの病院に嫁入りした奇人」
「嫁入りした奇人って・・・」
僚はどういうリアクションをしていいのかわからなかった。
まぁ、変人と言わなかっただけ、この男なりにひょろりんを認めているのだろう。
現にひょろりんと一緒に研修を受け、さっさと嫌気がさして大学に戻った男は、いまだに名前すら記憶に留めていないらしい。
ひょろりんと呼ばれるだけましなのだろう。本人が嫌がっているのを別としてではあるが・・・
「なぁ、ひょろりんって誰が言い出したんだ?」
「院長」
あっさりと答える和斗に、あながち和斗の奇人という認識も間違ってはいないのではと思う。何せ、そのニックネームをつけた院長を目標と言い放ち、和斗達を絶句させたのだから。
「で、そのひょろりんがどうしたって?」
「それがさ・・・検尿運んでる時に足滑らせて、全部ぶちまけてさ・・・」
「マジかよ!」
腹抱えて笑いたいが声を立てるわけにもいかず、路上に突っ伏して耐えている僚を、奇怪な目で和斗は見る。
「で、その後どうしたんだよ」
必死に涙を拭いながら、話の続きを促す。
「まぁ、当然久住に散々罵声を浴びせられて、院長には無言の呆れをうけ・・・俺には睨まれ・・・泣きながら片付けてたな・・・」
「可哀想に・・・」
あの病院の面子にそこまでやられて尚働ける神経に、僚は心から尊敬する。
「で、モップで床を拭く為にバケツ抱えてた所に、外来で来てた小児患者の遊んでたボールを引っ掛けて・・・そのバケツはそのまま俺の服に」
「何で奴はバケツなんか抱えてたんだ?普通は手に持つもんだろ?」
「手に持ってると、外来で来た小児患者に危ないと思ったらしい」
「・・・親切が裏目に出るタイプか・・・?」
「まぁ、あたってはいるがね」
和斗は苦笑すると、ターゲットの部屋を覗いた。
僚も視線を向けるが、たいした動きもないため、また和斗話しかけた。
「なぁ、今の自分とは違う自分って、想像できるか?」
僚の言葉の意味が分からず、和斗は眉根を寄せ訝しげな表情を浮かべた。
「裏の世界にいなかったら、自分は何してたと思う?」
「この仕事をしてない自分ね・・・」
「まぁ、お前の場合はそのまま医者かFBIを続けてるんだろうな・・・」
「どっちも実感湧かないな・・・医者だって、別になりたくてなったわけじゃないし・・・」
「じゃぁ、何になりたかったんだ?」
和斗にしては珍しく饒舌な事に気が付いた僚が、畳み掛けるように聞いた。
・・・・お互い、暇だったのだろう。
「サッカー選手」
予想外な答えに、僚はポカンとした顔をした。
「実際、契約の話しまでいったんだけどね・・・」
「だったら、何でこんな事してるんだ?」
僚の言葉に、和斗は寂しいような悲しいような、なんともいえない微笑を浮かべた。
「陰険ジジイに阻止されたから」
それ以上言いたくないし、聞かれたくもないという様子を察して、僚は話題を打ち切った。
「何で急にそんな話を?」
和斗の疑問に、僚は何でもないと頭を振った。
「香と何かあったのか?」
和斗の言葉に、僚はボソッと呟いた。
「相手にされないのに、何かあるわけないだろ」
「無理矢理襲ってないよな?」
「お前と違って、紳士だよ。俺は」
「しかたがないだろ?誰かのせいでこの一ヶ月、まともに顔合わせてないんだぞ」
「だからってな、周りを巻き込む夫婦喧嘩は止めてくれ」
僚の言葉に、和斗がジト目で見る。
「夜の回数で喧嘩になって、決闘にまで発展したお前達には言われたくない」
「・・・」
和斗の言葉に、僚が言葉に詰まる。
その一件は記憶に新しい。何せ今まで生きてきた中で、初めて香共々、和斗はおろか寛弥にまで延々と説教をくらったのだから。
もっとも、同業の傭兵夫婦に言わせれば、どっちも似たもの同士らしいが。
「なんかさ、俺ら路上に居るのに、あいつらは部屋の中で楽しんでると思うとムカつくよな・・・」
僚は不満な表情を浮かべて、銜えていたタバコを消すと立ち上がった。
「お前、もう帰っていいぞ。これ以上動きもなさそうだしな。後は俺が見張っとくよ」
僚の言葉に、和斗は驚いた表情をして立ち上がると言った。
「・・・俺はまだ生きてたいんだが・・・」
「人の親切は素直に受け取れ!」
「お前の親切は、熨斗付けて返せって皆の共通意見だ」
その言葉に、僚の顔が引きつる。
「絶対、後で誰がそれ言ってたか突き止めてやる!」
吐かせると言う言葉が出ないあたりに、この二人の力関係が垣間見える。
「大体、誰がお前の為だって言った。寛弥ちゃんの為だ。こないだの夫婦喧嘩の後、ちゃんと話してないんだろ?」
「そりゃぁ、毎日こんな事してるからな」
「だから、変わってやるって言ってんだろうが!」
さっさと行けというように、僚が手を振る。
和斗は素直に僚の心遣いを受けると、その場を後にした。
後日、連絡のつかない和斗に変わって、この件でこき使われる僚の姿があったらしい。
最後は自分が奔走する事を、和斗が約束していた事を冴子から知らされるのだった。