グランドファーザー
                   <前編>



「はぁ!?」
 和斗の怪訝な声に、隣に座っていた寛弥は不思議そうな顔をして横を見た。
 周りも何事かと思い、和斗に視線を注ぐ。
「えぇ・・・まぁ、そうですが・・・」
 この男にしては妙に歯切れの悪い口調で、先程かかってきた携帯電話の相手と会話していた。
「・・・わかりました・・・すぐ向かいます」
 通話を終えたとたん、待ち切れなかったかのように寛弥が声をかけた。
「どこから?」
「・・・病院」
 その答えに、寛弥が嫌そうな表情を浮かべる。
 それもそのはず。今日は珍しく二人共休みが重なった為、のんびり過ごそうという事でなじみの喫茶店に居たのである。
「急患?」
 寛弥の言葉に、首をかしげながら男が答える。
「いや・・・違う・・・」
「違うって・・・じゃぁ、何?」
「・・・運ばれたって」
「は・・・?」
 今度は寛弥が怪訝な口調になった。
「よくわからんが、教授が事故って救急車で運ばれたって・・・」
『はぁ!?』
 携帯電話の液晶画面を見ながら、ポツリと呟いた和斗の言葉にその場に居た全員が怪訝な声を上げる。
「事故?検査じゃなくて?」
 僚の言葉に香が訂正する。
「普通は検査じゃなくて病気じゃない?」
 その言葉に、男性陣がきっぱり否定する。
『それはない!!っていうか、病気の方が逃げ出すぞ』
「とりあえず、ここでどうこう言っても始まらん。病院に行くぞ!!」
 そう言って営業エプロンをはずす海坊主に、和斗が不思議そうな顔で訪ねた。
「何?お前も行くの?」
「教授には美樹も世話になってるからな」
「あたしたちも行くわよ!教授が心配ですから!!」
 その場に居合わせたミック夫妻も立ち上がる。
「え・・・ていうか・・・いいの?昼間からお店閉めて・・・」
「香さん!!そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」
 美樹に言われ、シュンとした香をなぐさめる様に僚が肩に手を置く。
「香、どうせ俺達以外に誰も居ないんだ。しょうもない心配をするな」
 その言葉が聞こえた海坊主の放った銀トレーが僚の後頭部を直撃した。


「あそこ?」
 目の前に見えてきた病室を指差したかずえが、和斗に確認を求める。
「たぶん」
「それにしても、教授の本名って大河内って言うのね・・・」
 美樹の言葉に、僚が呆れた口調で答える。
「んなの、偽名に決まってるだろ!?」
「あ、やっぱり?」
 その言葉に、今度は和斗が肩を竦めて答えた。
「確か、前回検査入院した時は勅使河原って名乗ってたぞ」
「何か、毎回仰々しい名前ね・・・」
 美樹の感心とも呆れとも取れない呟きに、かずえがため息を吐く。
「毎回、いきなり話しを振られるこっちの身にもなってよ」
 苦労してるのね・・・というように、美樹が微かに微笑む。
「あ、ここだ」
 和斗は目的の病室につくと、軽くノックしてドアを開けた。
 入ってきた人物達を見て、中に居た看護士が患者に声をかける。
「よかったですね、大河内さん。息子さん達がお見えになりましたよ」
 そう言って病室を後にした看護士の言葉に、男性陣の顔が引きつる。
「息子さん達ねぇ・・・」
 和斗の低い口調に、入り口とは反対側に向いて寝ていた患者の体がビクッと反応した。
(一体、幾つさば読んでいるのやら・・・)
 全員の脳裏に疑問がよぎる。
「あたしが悪いんです!!」
 突如割って入った言葉に、和斗達がベッドの方に視線を向けると勢いよく立ち上がった女性が深々と頭を下げた。
 見るからに美人の部類の入る女性の姿に、僚が飛びつこうとした。
 その顔面に、和斗が裏拳を炸裂させそれによって怯んだ所を香が首根っこを捕らえて押さえ込む。ハッとして隣を見ると、似たような方法でミックが押さえ込まれていた。
「どうかしたんですか?」
 不思議そうな表情で聞く女性に、香とかずえが愛想笑いをする。
 そんなメンバーをマジマジと見ながら、女性が訪ねた。
「・・・皆さん、ご兄弟なんですか?」
 その言葉に、全員が顔を見合わせる。
 そりゃそうだろう。この面子で兄弟だと主張しても、3歳児だって信じない。
 視線を一身に浴びている和斗が、まるで貧乏くじを引いたかのような表情で答える。
「長男です」
 渋々の口調に僚が続く。
「次男です」
 その後にかずえと美樹が続く。
「従兄妹その1です」
「その2です」 
 まるで示し合わせたかのように絶妙なタイミングである。
「皆さん、仲がよろしいんですね・・・」
 信じて疑わない彼女の言葉に、その場に居た誰もがこう思った。
 絶対彼女は天然だと・・・

「で、一体どういう経緯で父はあなたと・・・」
 和斗の言葉に、女性は初めて自分がまだ身分を明かしていない事を思い出した。
「大変失礼しました!!私、沢渡美音<さわたりみお>といいます」
「沢渡美音って・・・今年、ウィーン国際コンクールのバイオリン部門で優勝したあの!?」
 香の言葉に肯定するかのように微笑む彼女に、とたんに営業用の表情でミックが応対する。
「初めまして、ニューズウィークの記者をしておりますミック・エンジェルといいます。是非、このあと取材を・・・」
 ミックの言葉を遮るかのように、かずえが咳払いをする。
 とたんに真っ青な顔をして、ミックはかずえの隣に戻った。
「すみませんが、話の続きをお願いしたいのですが・・・」
 和斗の言葉に、美音は慌てて続きを話し出した。
「実は・・・レッスンの帰り道に、妙な気配を感じたんです。それで、思い切って持っていたバイオリンのケースを振り回したら・・・偶然後ろを歩いていた大河内さんに当たってしまって・・・本当に申し訳ありませんでした!!」
「へ〜え」
「偶然」
「後ろにいて」
「当たった」
 僚、和斗、寛弥、かずえの四人の言葉に教授の背に汗がつたう。
 見れば、四人の額には青筋がたっている。
 慌てて話をそらすかのように、教授が美音に話かける。
「妙な気配と言っておったが・・・前にも同じ事があったのかね?」
 教授の言葉に、美音の体が微かに反応した。
 その様子に、教授は優しく微笑みかけた。
「これも何かの縁じゃ。話してみんかね?家の息子達がお役に立てると思うが・・・」
「いえ、これ以上迷惑はかけられません!!こちらで然るべき人に頼もうと思っておりますので・・・」
「差し支えなければ、その人物を教えては貰えんかの?」
 教授の言葉に、和斗は妙な方向に話しが運び出した事に内心頭を抱え込んだ。
 どうせ、気に入らない人物ならどんな手を使ってでも阻止するつもりなのだろう。
「私も噂しか聞いたことがないんです・・・新宿駅・・・」
「東口伝言板にXYZ」
 美音の言葉を遮って言葉をつないだ教授を、驚いた顔で見る。
「本当に、お嬢さんとは運命の出会いみたいじゃの。のう、僚よ」
 弾かれたように、美音が僚を見た。
「じゃぁ、あなたがシティーハンター・・・」
 どうやら、今回の貧乏籤は僚と香が引いたようである。