伝言ゲーム

 それは1本の電話から始まった。
 
 香が電話に出ると、相手は馴染みの喫茶店の女主人からだった。
「香さん!冴羽さんが、飲み屋の女の子と浮気したって本当なの!?」
「はぁ!?」
 美樹のわけの分からない電話に、香は間の抜けた返事をした。
「昨日、見たって言うのよ!かすみちゃんが!!香さん、何も聞いてないの!?」
 美樹は許せないというように、まくし立てる。
「聞くも何も、昨日はあいつ帰りが遅かったし・・・」
「何言ってるのよ!!今から確かめるのよ、冴羽さんに!!」
 美樹はそう言うと、一方的に電話を切った。
 香は半信半疑のまま、美樹に言われた事を確かめるために僚の部屋に向かった。
 昨日も飲み歩いていたのだろう。
 どうやら明け方にご帰宅した部屋の主は、未だに夢の世界にいる。
 香は部屋の中に入ると、僚が寝ているベッドに近寄った。
 かぎなれない香水の匂いがして、香は顔をしかめた。
 さらに傍によると、その匂いはどうやら僚の体から漂ってきた。
「僚〜・・・」
 地の底からのような声で自分の名を呼ばれた僚は、ビックリして飛び起きた。
「な・・・ど・・・どうしたんだよ、香」
 僚は香の怒りの形相にビビリながら、香に尋ねた。
 そして頭の中では、必死に香の機嫌を損ねる原因を思い出していた。
(3日前のあれか・・・それともあっちか・・・)
 しかし、これといって特には思い至らない。
 正確にいうと、思い当たる物が多すぎて見当がつかないのだ。
「あんた、昨日何してたの」
 香の淡々とした口調に、僚は益々恐怖を感じた。
 どうやら、昨日飲み歩いていた事を怒っているらしい。
「すまん、香!」
 僚は身の危険を感じて、彼にしては珍しく素直に謝った。
「やっぱり、そうなのね!!」
 今や香の怒りは頂点に達していた。
「俺が悪かった!誘われて、ついふらふら・・・と」
「・・・そうよね・・・忘れてたわ。あんたは、誘われれば誰とでもホイホイとホテルに行くようなもっこり男だものね!」
「ホテル!?一体何の事だ?」
 僚は香の言葉に、驚いて聞き返した。
「しらばっくれないで!美樹さんが聞いたっていうのよ!!」
「しらばっくれるも何も、俺はそんな事は知らん!!」
「じゃぁ、その香水の匂いは何よ!!」
「これは、昨日何処かのバカなカップルの痴話喧嘩に巻き込まれたんだ!!」
「そんな事、今時小学生だって信じないわよ!!」
 烈火のごとく怒る香に、僚はどうしていいか分からずオロオロしていた。
「今から美樹ちゃんとこに行こう!な、香」
 僚は香にそう言うと、ベッドから立ちあがった。
 とにかく身の潔白を証明しない事には、殺されかねない。
 僚は手早く身支度をととのえると、香を連れてキャッツ・アイに向かった。
 
「美樹ちゃん!一体誰に聞いたんだよ、香に言った事!!」
 僚は店のドアを開けると同時に言った。
「あたしは、かすみちゃんから聞いたによ」
 美樹の言葉に、僚は怒りの視線をかすみに向けた。
「あたしは、唯香ちゃんから聞いたんですよ。冴羽さんが、昨日飲み屋の女の子とホテルに入るのを見たって!!」
「唯香だぁ!」
 かすみの言葉に、僚は頭を抱え込んだ。
 あの妄想娘ならありうる。
「あ!でも、唯香ちゃんは麗香さんから聞いたって」
「麗香だな」
 僚は店の電話を手にとると、麗香の事務所に電話をかけた。
「麗香!お前、唯香に何吹き込んだ!!」
“唯香?ひょっとして、冴子姉さんから聞いた事?”
「冴子?あいつ何言ってたんだよ」
“僚が馴染みの飲み屋の女の子とホテルの前にいたって”
「どっからそんな話しが出てきたんだよ!」
“そんな事、姉さんに聞いてよ!こっちは忙しいんだから、くだらない電話に付き合ってられないわよ!!”
 そう言った後、派手に受話器を置く音が僚の耳に響いた。
 しぶしぶというか恐る恐るといった様子で、僚は香の横に腰を降ろした。
 とたんに、ギロリと睨まれる。
 その時、まさにグットタイミングで冴子が顔をだした。
「どうしたの?香さん」
 冴子は只ならぬ香の気配を察して、遠慮がちに美樹に尋ねた。
「お前のせいだ!麗香に何言った!!」
 僚の言葉に、冴子は軽く目を見張った。
「麗香?あぁ・・・あたしはただ、僚が親しげに女の子と会話してたってミックさんが言ってたって言ったのよ」
「ミックだな」
 僚が怒りの篭った口調でそう呟いた時、運悪くミックが店に入ってきた。
「ど・・・どうしたんだよ・・・僚。そんな怖い顔して・・・」
 ミックは、今にも銃を抜きそうな様子の僚を見て、ドアにへばりついた。
「おまぁのせいで、俺は目覚めが悪かったんだ!!」
「何でそれが俺のせいなんだ?」
 ミックはキョトンとして顔で僚に聞いた。
「お前が嘘を冴子に吹き込んだからだろうが!!」
 ミックが冴子の方を見ると、彼女は軽く肩を竦めた。
「俺はただ、かずえが寛弥さんから、お前がホテルの前に女と居たって聞いたからこれは皆に教えねばと思っただけだ」
 ミックは悪びれもせずにそう言った。
「寛弥ちゃんって事は・・・元は和斗か!」
 僚は立ち上がると、また店の電話を使おうとした。
「お前、携帯はどうしたんだよ」
 ミックのさりげないツッコミに、僚はハタと自分の携帯の存在を思い出した。
 そして、ジャケットから携帯電話を取り出すと、短縮に登録されている番号にかける。
「一体、どう責任とってくれるんだよ!!」
“何のことだ?”
「お前の安易な発言が、俺にかなりの迷惑をかけてるんだぞ!!」
“何の事か知らんが・・・今忙しいんだ。くだらん電話なら切るぞ”
「お・・・おい!ちょっと待て!!」
 僚は不通音の鳴る携帯に向かって怒鳴った。
 そして、3回同じ番号にリダイアルする。が、携帯からは無常にも留守電案内しか流れてこない。
「あのやろ〜留守電にしやがった!こうなったら、今から押しかけて問い詰めてやる!!」
「それは無理だな」
 僚の言葉に、海坊主が答えた。
「何でだよ」
「奴は、昨日からD.Cだ。帰って来るのは2週間後だそうだ」
 海坊主の言葉を聞いた僚の顔には、絶望の色が広がっていった。
「こりゃいいや!!僚、流石の和斗もお前が追っかけて問い詰めれば正直に答えてくれるんじゃないか?もっとも、お前が嫌いな飛行機でワシントンに行ければの話しだがな!!」
 ミックは机を拳で叩きながら、たまらんというように笑い転げた。
 冴子も可笑しそうに笑いながら、僚に止めを指す。
「そういえば、かなり過密スケジュールだから電話をかける暇もないってぼやいてたわ」
 その言葉を聞きながら、僚はチラリと香を盗み見た。
 怒りの視線は解けたが、今度は疑いの眼差しで見られる。
(2週間もこのまま・・・?)
 僚は頭を抱えると、これ以上ないと言うくらい盛大な溜め息をついた。


「香・・・」
 僚は、キャッツ・アイでミックや冴子と楽しそうに話している香の姿を見て声をかけた。
すると、何?と書かれた紙が目の前に出される。
 僚はその紙を見ると、溜め息をついた。
 この1週間、香に話しかけると決まって、何?・うるさい!・知らん!!の3パターンの紙が出される。
「お前宛に手紙が来てたぞ」
 僚は香の隣に座ると、手紙を差し出した。
 香はちらっと僚の方を見ると、手から手紙を引っ手繰った。
「エアメイル?」
 香は封筒を見ると、不思議そうに呟いた。
「香、海外に友達でもいるのかい?」
 ミックの言葉に冴子が答える。
「デザイナーの友達じゃないの?」
 冴子の言葉に、香は首を傾げた。
 彼女なら、今は日本に居るはずである。
 香は首を傾げながら、宛名を見る。
「・・・和兄からだわ。何だろ・・・」
 香は美樹からペーパーナイフを借りると、封筒を開けた。
 中から便箋を取り出す。
「何て書いてあるの?」
 美樹が興味津々といった様子でカウンターから覗き込んだ。
 香が便箋に書かれてある内容を声に出して読んだ。
「『僚がホテルの前でカップルの喧嘩に巻き込まれて、香水のビンを投げられててさ。ありゃ当分匂いは消えないぞ。けど、馴染みの飲み屋の女の子見たいだから怒るに怒れなかったみたいだぞ』これが原文です。寛弥から聞いたけど、何か凄い事になっているようなので、一応知らせておきます」
 読み終わると、勝ち誇った表情で僚が言った。
「ほら、見ろ!全然違うじゃないかよ!!大体、何処をどうしたら俺が浮気してるっていう話しになるんだよ!!」
「・・・・」
「な、香。これで俺の無実は証明されただろ」
「証明はされたわね・・・でも、僚・・・この数字は何かしら?」
 香が目の前に突き出した数字を見て、僚は青ざめた。
「¥308,000・・・この金額は何!?」
「いや・・・これはその・・・」
 そう言いながら、じょじょに僚はドアに下がっていく。
「あんた、まさか・・・ツケを肩代わりして貰ったんじゃないでしょうね!!」
 香もハンマー片手に、間合いを詰める。
「でも、何で手紙に同封して請求したんでしょう?電話の方がより安全で確実じゃないですか?」
 かすみのもっともらしい疑問に、僚と香を除くメンバーが口を揃えて断言した。
「それが一番僚のダメージが大きいから」
「・・・悪魔ですね・・・」
 かすみがボゾッと呟く。
「それが分かるお前らもだ!!」
 僚はそう叫ぶと、脱兎のごとくその場を逃げ去った。
 その後を香が追いかける。


「あら?支払済みって書かれてあるわよ、これ」
 美樹は香が置いていった紙切れを見て言った。
「・・・あいかわらず、僚いじめに関してはありとあらゆる手を使ってくるわね・・・」
 冴子は心底感心した。
「香さんに、教えてあげなくていいのかしら?」
 美樹の言葉に、ミックが答える。
「ほっとけよ、どうせ言おうが言わまいが結果は同じなんだから」
「ミックの言う通りだ、美樹。下手に伝えて店で暴れられたら、こっちがいい迷惑だ」
「・・・それもそうね・・・」
 夫の言葉に、美樹も納得する。
 僚には悪いが、ここは店のため。
 美樹はそう思うと、香が置いていった手紙を片付け始めた。
 ふと、その手が止まる。
「保科さん、純粋にお金を返して貰いたかったみたいよ」
 美樹はそういうと、もう一枚隠れていた紙をミックに手渡した。
 その紙には、飲み代としては高すぎる額が書かれている。
「明日のわが身にならないうちに、早く払いなさいよ」
 美樹から受け取った紙を見たミックの顔が引きつっていたのは言うまでもない。

                                          END

言い訳:CHのメンバーって、絶対正確には伝言は伝わらないだろうな・・・と思     い生まれた作品。
     私的には、ミックと唯香が大幅にくっつけそうな気がする。それも、自分     が都合のいいように。
     しかし、あいかわらず我が家の僚ちゃんはイジメられてます(笑)