愛情

「どうも最近、香の様子がおかしいんだよな・・・」
「おかしいって、どういうふうに?」
 美樹は不思議そうな顔で、僚に聞き返した。 
「俺と一緒に飯を食わないんだよね・・・」
「さけられてるって事?」
「いや・・・夕飯だけは一緒に取るから・・・」
「じゃぁ・・・朝と昼だけ?香さんに理由は聞いてみた?」
「先に食ったの一点張り。ていうか、最近じゃ家に居ないし・・・」
「・・・冴羽さん、何かしたんじゃないの?」
「・・・いや・・・」
 そう言って考え込む僚を、美樹は呆れた顔で見た。
「即答できないわけね・・・」
 情けないというように、ため息を吐く。
「ほっとけ、美樹。どうせ、香にかまって貰えなくって拗ねてるだけだ」
「うるせぇ!タコ坊主!!」
 怒鳴る僚を、美樹がなだめる。
「冴羽さん、落ち着いて。とにかく、香さんに聞いてみない事には分からないでしょ?」
 そう言いながら、上手に僚を店から追い出す。
 普段でさえ僚と香の喧嘩で多大なる被害を被っているのに、さらに僚と海坊主が喧嘩して店を壊されては、経営者としてはたまったものではない。
 店を追い出された僚は、しぶしぶ家路に着いた。

僚が家の傍まで来ると、見慣れた車が出てきた。
運転しているのは香である。
僚は慌てて自分も車に乗り込むと、香の後を追った。
「和斗の家だぁ?」
 僚は香を追って着いた先を見て、訝しげに呟いた。
 これで、香が毎日出かけている謎が解けるかと思ったのだ。
「まぁ、ここで待っていてもしょうがないか・・・」
 僚はそう呟くと、エンジンを切ってそっと忍びこんだ。
 リビングの窓の傍にある死角にしゃがみ込むと、僚は中の様子に耳をすませた。
キッチンからいい匂いがしてくるという事は食事の準備でもしているのだろう。
中からは、女性2人の楽しげな声が聞こえてくる。
「二人には、感謝してもしたりないわね・・・」
 香の声に、僚の耳が反応した。
「香さんが倒れたって和斗から聞いた時は、本当に驚いたんだから!」
 倒れたという単語に、僚の体がビクッと反応した。
 そんなそぶりは普段の香からは微塵も感じなかったからだ。
 それと同時に、気づいてやれなかった事への自責の念が沸き起こる。
「しかも栄養失調だなんて、一体何を考えているのよ!!いくら家計が苦しいからって、一食しか食べないなんて自殺行為よ!!」
 寛弥の言葉に、僚の顎がガクッと支えていた手からずり落ちた。
 なんか、今もの凄い言葉を聞いたような気がする。
「だって・・・僚は何時でも動けなきゃならないから・・・あたしがご飯を抜くしかないじゃない・・・?」
 香の言葉に、僚と寛弥が頭を抱え込んだ。
 香らしいといえばらしい発想に、言葉が出ない。
「だからって、倒れるまでしなくてもいいでしょ!!」
 もっともな寛弥の言葉に、僚も頷いた。


「何してるんだ?こんなところで・・・」
 突然横から聞こえた声に、僚が返答する。
「いや、ちょっと香の様子が心配でな・・・」
 香が帰ってから一人考え込んでいた僚は、さして不思議がりもせずに突然の声と会話をした。
「成る程・・・香の様子が心配になって探りにきたわけだ・・・」
「まあな・・・」
「で、原因が分かって深く反省していると・・・」
「いやぁ〜」
 照れて頭を掻く僚を見て、声の主はため息を吐いた。
「ただたんに、香の深い愛情を知って照れてるだけか・・・」
 呆れた口調に、ムッとした表情を浮かべて僚が抗議しようとした。
 が、ふと開きかけた口を閉じると、首を傾げる。
 自分は一体誰と会話しているのだろうか?
 恐る恐る隣を見ると、この家の主が満面の笑みを浮かべていた。
「ゲッ!?和斗!!」
 僚はギョッとした表情をすると、慌ててその場を立ち去ろうとした。
 それを見逃す和斗ではない。
「ちょっと付き合え」
 素早く僚の耳を掴むと、家の中に連れ込んだ。
「痛てぇって!!離せ、このやろう!!」
「どうしたの?」
 玄関から聞こえる騒々しい声に、寛弥が姿を現した。
「冴羽さん!?」
 夫に引っ張られている男を見て、驚いた顔をする。
「聞き耳立ててるねずみを一匹捕まえてきた」
「誰がねずみだ!!」
 僚の抗議を無視して、和斗がリビングに引っ張っていく。
 和斗はソファーに僚を投げ出すと、向かいの席に腰を降ろした。
「てぇ〜俺は客だぞ!!」
 僚は投げられた時にぶつけた頭の部分をさすりながら、ソファーに腰を降ろした。
「聞き耳を立てていたからには、冴羽さんの感想を聞かせてもらえるのよね・・・?」
 寛弥の怒気の篭った声に、僚の腰が引ける。
「感想って言われてもな・・・あいつが勝手にやって・・・ちょっとタンマ!寛弥ちゃん!!」
 僚の恐怖に引きつった顔を見て、和斗は訝しげな表情で僚の視線を追う。
「止めろって和斗!!」
 包丁を握っている寛弥の姿を指差して、僚が和斗にわめく。
「許す」
 その言葉を聞いて、僚がギョッとした顔をした。
「勝手に許すな!勝手に!!」
「分かったから、落ち着けって」
 和斗は僚をなだめると玄関に連れて行った。
 そろそろ帰さないと、香が心配する時間だ。
「とにかく、よく考えるんだな。自分が香の気持ちにどう答えるたらいいのか」
 別れ際に和斗が口にした言葉がやけに僚の胸に重くのしかかった。

「何か凄い勘違いしてなかった?冴羽さん」
 キッチンに帰ってきた和斗に、不思議そうな顔で寛弥が聞いた。
「あいつなりに、色々思う所があったんだろ?」
 和斗はそう言うと、夕食の準備に取り掛かかろうとしている寛弥の手元を覗き込んだ。
 夕飯の支度に取り掛かろうとして包丁を握った時に振り向いたのを、僚が勝手に勘違いして騒いでいただけなのだが、和斗はあえて何も言わなかった。
(まぁ・・・これに懲りて、あいつも少しは心を入れ替えるだろう・・・)


「で、その後の冴羽さんの様子はどうなの?」
 美樹は興味津々と言った様子で店に来た香に聞いた。
「あの僚が、男の依頼を受けてくれたのよ!それも2件も!!」
「それは・・・凄いわね・・・」
 でしょ?というように、香が嬉しそうな顔をした。
「これも、皆さんの協力のおかげです」
 深々と頭を下げる香に、慌てて美樹が手を振った。
「そんな!お礼を言われるような事は何もしてないわよ、あたし達!!」
 美樹の言葉に、寛弥も頷く。
「そうそう。ちょっと心を掻き乱しただけよ」
 二人の言葉に、香はあえて何をしたかは聞かない事にした。
 何となく聞かない方がいいと思ったからだ。
(絶対にこの二人だけには逆らわない方が身のためかも・・・)
 香はにこやかに笑って談笑している二人を見て、そう思った。
 もっとも男共にしてみたら、香を含めたこの3人を敵にまわしたくないというのが本音に違いない。




言い訳:「愛情」って一番難しいテーマですよね・・・
      まぁ、これも一つの愛情です(笑)
      僚にとってはイジメでしょうが(苦笑)