DOG FIGHT
「あぁ〜」
僚は今日、何度目になるか分からないため息をついた。
僚の視線は、先程からパートナーにくぎ付けである。
「どうしたのよ?僚・・・」
香は僚の視線に気づいて、不思議そうに首を傾げた。
何でもないというように手を振ると、僚は視線を窓の向こうに向けた。
「くすぐったいってば・・・」
これみよがしに、僚の耳に香の楽しそうな声が聞こえてくる。
その声に負けて、僚は視線をまた香に向けた。
(・・・俺もああなりたい・・・)
内心そう呟くと、僚は香にじゃれついている狼に視線を落とした。
事の発端は、3日前である。
何時ものように、強引な和斗の頼みだった。
「3日間、家の動物を預かってもらいたいんだ。ちょっと、急な仕事が入って二人とも留守にするから・・・もちろん、お礼は出すよ」
僚は電話越しという事もあってか、かなり強気にその話を断った。
が、結局は直ぐにパートナーのハンマーに撃墜され、しぶしぶ引き受ける事になったのだ。
(奴が、動物と言った時点で警戒するべきだったんだよな・・・)
僚は3日前のやり取りを思い出していた。
(まさか、あいつが預かってくれっていったのが、狼だったなんて・・・)
しかも、護衛犬としての訓練をしてあるせいか、迫力が違う。
(寛弥ちゃんに両手を握られてお礼を言われたものだから、つい条件反射で頷いちまったけど・・・今思えば、あれも奴の手だったのかもしれない・・・)
「だめよ、カイザー」
香が、軽くじゃれ付いている狼を窘めた。
僚が視線を向けると、カイザーが香の胸に顔をすり寄せている。
くすぐったいのか、香が見をよじって逃げている。
(何か、ムカツク!!)
動物にやきもちをやくというのも情けないが、この場合はしかたがない。
何せ、このカイザーの頭のいい事。
実にタイミングよく、自分の邪魔をしてくれる。
この3日というもの、カイザーは香が気に入ったのか、べったりとくっついて離れない。
かと思うと、夜は自分にべったりなのだ。
香はこれ幸いというように、この3日間僚の部屋に近寄りもしない。
耐え切れずに、僚はあの手この手で脱出を試みるものの、ことごとくカイザーに見つかって追い返される。
ペットが飼い主に似るとはよく言ったものだ。
香は知らないが、僚はこの3日間、カイザーと水面下で香を争っているのだ。
(まぁ、どこぞの下世話なナンパ野郎をおっぱらったのには感謝するが・・・)
僚は憎々しげに、カイザーを睨む。
その視線に気が付いたのか、カイザーが僚の方を向いた。
優越感の篭った視線に、僚は怒りで拳が震える。
「香!!」
僚は勢いよく立ち上がると、香の名を呼んだ。
「な・・・何なの?僚!!」
香は驚いて、僚を見上げた。
弾みで、勢いよく立ってはみたものの、当然後に続く言葉はなく・・・仕方なしに、僚はコーヒーを香に頼んだ。
「そんなに、飲みたいなら自分で入れてこれば?」
「俺は、お前の入れたのが飲みたいの!」
僚は顔を赤くしながら、そう叫んだ。
香は不思議そうな顔をしながらも、嬉しそうにキッチンに向かった。
「お前、何時まで俺達の邪魔する気だ?」
僚は香がいなくなると、カイザーを睨みつけた。
一生懸命毛づくろいをしていたカイザーは、顔を上げて僚を見上げた。
僚はカイザーの傍にしゃがみこむと、目線を合わせた。
「お前が、香を好きなのはよ〜く分かった。ここは一つ、ルールを決めないか?」
思いもかけない僚の言葉に、カイザーはキョトンとした顔をした。
そして、やれやれといった感じで前足に顎を乗っける。
「聞いてるのか?お前!!」
僚がカイザーを睨みながら怒鳴った瞬間、後頭部に蹴りが入った。
前のめりに倒れる僚を、慌ててカイザーがよける。
「何すんだよ!!」
僚は顔面をさすりながら、勢いよく後ろを振り返った。
「何、ガンたれてんだ?ひとんちの大事な家族に」
知りすぎるくらい知りすぎている気配に、僚の顔が青ざめる。
「お早いお帰りで・・・和斗・・・」
「あれ?和兄、帰ってきたの?」
騒ぎを聞きつけた香は、リビングに見知った顔を見つけると嬉しそうに微笑んだ。
「ちょうどよかった。今、コーヒー入れてる所なの。飲んでって」
香はそう言うと、慌しくキッチンに姿を消した。
「お前、一体こいつにどういう教育をしているだよ!!」
僚は、向かいに座った和斗の足元に寝ているカイザーを指差して怒鳴った。
「こいつがどうかしたのか?」
「どうもこうもねぇよ!!」
僚はそう言うと、この三日間の溜まりに溜まった鬱憤を、和斗に話し出した。
話しを聞き終えた和斗は、手ぶりでカイザーに座るよう命令した。
おとなしく座っているカイザーの頭をなでながら、和斗は探るようにカイザーの目を見た。
「そう言えば・・・お前こいつが子供の頃に、よく酔っ払っては尻尾踏んづけてただろ。その仕返しをされたんじゃないのか?」
「一体、何時の話しだと思ってるんだよ」
「分からんぞ。動物っていうのは、自分に恩のある人間を忘れないように、害をなした人物も忘れないらしいぞ」
ゲッ!という顔で、僚がカイザーを見た。
「まぁ、とりあえずは面度を見てくれたお礼をいっとくよ。ありがとさん」
和斗は僚にそう言った。
「本当によかったの?あんな金額を貰って・・・」
香は、帰る和斗を玄関先で見送っている。
僚といえば、何やら不貞腐れていて、そうそうに自室に篭ってしまった。
「3日間面倒を見てもらったんだから、あれぐらいは同然でしょ。無理に頼んだのは、こっちなんだし」
「でも・・・」
なおも渋る香に、和斗が苦笑した。
「仕事として頼んだんだから、報酬を支払うのは当然だよ」
「それでも・・・金額が多いような気がするのよね・・・」
「それを多いと思うか少ないと思うかは、今夜次第じゃないの?」
和斗の言葉に、香は首を傾げた。
「まぁ、頑張ってもう1匹の飢えた狼を静めてくれ」
香の肩を軽く叩くと、和斗は帰っていった。
一人、残された香は、不思議そうにリビングに戻っていった。
が・・・僚の表情を見て和斗の言った意味を理解した。
冴羽家のリビングでは、香の絶叫が響いた。