追憶


「はい、冴羽商事・・・寛弥さん?」
 営業用の声で電話にでた香は、知った声に微笑みを浮かべた。
 二言、三言会話を交わすと、香は受話器を置き自室に向かった。
「僚!ちょっと夕飯の買い物に行ってくるわね!」
 香は身支度を整えると、リビングのソファーで寝そべっている彼曰、『芸術鑑賞中』の相棒に声をかける。
「やけに早くないか?」 
 何時もより早い買出しの時間に、僚は視線を本から香に向けた。
「うん、ちょっと多めに買わなきゃいけないから」
 さらりと言った香の言葉に、僚の眉根が寄る。
「お前、この間当分買い物に行かなくていいって言ってなかったか?」
「うん。あたし達二人ならね」
「誰か来るのか?」
 不思議そうな顔の僚に、香も不思議そうな顔をして答える。
「別に。あたしが作りに行くの。寛弥さんに頼まれて」
 香の言葉に、益々僚が不思議そうな顔をした。
「頼まれてって・・・どっか具合でも悪いのか?寛弥ちゃん・・・」
「違うわよ。断れない仕事が入って遅くなるからって、和兄のご飯を作るよう頼まれたの」
 とたんに、僚の表情が不思議そうなものから嫌そうなものに変わる。
「あいつだって子供じゃないんだから、自分の飯ぐらい自分で何とかするだろうが!」
 僚の言葉に、香が嫌みったらしく答える。
「その言葉、そっくりそのままあんたに返すわ」
「・・・・」
 確かに、日頃から香に飯!と叫んでいる自分では言う資格はないかもしれない。
「あれは、お前の作った飯が喰いたいだけであって・・・」
 ボソボソと呟いている僚を不振そうに見ると、香はため息を吐いた。
「とにかく、向こうの家に行ってご飯を作って帰ってくるだけだから、そんなに遅くはならないと思うけど・・・」
 そう言って出て行こうとする香を、僚は慌てて引き止める。
「ちょっと待て!俺の飯はどうなる!?」
 その言葉に、香はガックリと肩を落とした。
「あんたね〜他に言うことはないわけ!?」
 その迫力にウッと声を詰まらせながらも、僚はすかさず反論した。
「いいじゃねーかよ、別に。ていうか、何で他人の飯の方が大事な相棒の俺より優先されるんだ!?」
 大事なという部分を殊更強調して、僚が香を壁際に追い詰める。
「しかたがないじゃない。頼まれたんだから・・・」
「まぁ、いい。頼まれたのならしかたがない。百歩譲って、奴を優先させることは認めよう・・・」
 そう言って、僚は香に向かって手を出した。
「何よ・・・?」
 不振そうな顔で香が僚の手を見る。
「合鍵だよ、合鍵。留守の家にいくんだから、当然あるんだろ?」
 ニヤリと笑う僚の顔を見て、香もニヤリと笑う。
「残念でした〜。和兄は、本日仕事がお休みなんで〜す。だ・か・ら、合鍵は持ってないの♪」
 その言葉に、僚はガックリと肩を落とす。
 そんな姿を見た香は、呆れた顔を浮かべた。
「あんたの考えなんてお見通しよ。どうせ合鍵入手して、留守の間に寛弥さんの下着でもあさりに行くんでしょ?」
 香は僚の体を両手で押し返す。
「もう!馬鹿言ってないで、どいてよ!!あんたのご飯が益々遅くなるわよ!!」
 そう言って自分の囲いから出て行こうとする香の体を引き止めるように、僚が香の腕を掴んだ。
「だったらさ、あいつをこっちに呼べばいいじゃん?」
「そんな、休みの日にわざわざ呼び出さなくっても・・・」
 渋る香を説得するかのように、僚が畳み掛ける。
「だからだよ。お前だって慣れない場所よりも、慣れた場所で腕振るった料理を食べさせたいだろ?あいつだって、一人で味気なく食うよりは大勢で美味しく食いたいだろさ」
「・・・そっか・・・そうだよね・・・」
 香が納得した様子を見て、僚は内心安堵のため息を吐いた。
「俺が連絡しとくから、お前は早く買い物に行ってこい」
「そうね。じゃぁ僚、和兄への連絡よろしく」
 そう言って出て行く香を見送ってから、僚は受話器を取った。

「・・・て、わけだから。今日のお前の夕飯は俺ん所な」
「何が、『て、わけだから』だ。どうせ、香を俺の所に行かせたくなかったんだろ」
「あたり。まぁ、たまにはいいだろ?3人で飯っていうのも。あ!みやげはお前の秘蔵のウイスキーでいいぞ」
 楽しそうな僚の声に、和斗が呆れた声音で答える。
「おまえなぁ・・・招待した客にみやげをせびるか?普通・・・」
「飯代だ!」
 威張り口調の僚の言葉に、和斗がため息を吐いた。
「まぁ、料理を作ってくれる香に悪いから、何か適当に見繕って行くさ」
 そう言った後、訪れる時間を決めた二人は会話を終えた。


「今日は、お招きありがとう」
 キッチンに通された和斗は、せわしなく動いている香に声をかけた。
「気にしないで。それより、ごめんなさい。休みの日にわざわざ呼び出したりして」
 微笑んで言う香に向かって、和斗の後ろから顔を出した僚が驚きの声を上げた。
「なんだよ!何時もより豪勢じゃないか?」
 食卓に並ぶ料理の数々を見ている僚に、どこか拗ねた口調の香が答える。
「・・・女の意地よ」
 その言葉に、不思議そうな顔をしながらも二人は席についた。
『いただきます』
 香が席に着いたのを確認してから、各々箸に手を伸ばした。
 とたんに、香が和斗に世話を焼き始める。
「ありがとう」
 あれやこれやとおかずを勧める香の手から、苦笑しながらもどこか嬉しそうに和斗が皿を受け取る。
 新婚さながらの雰囲気に、知らず知らずのうちに僚の箸を持つ手に力が入る。
「飯」
 不機嫌さを滲ませながらも、僚が空の茶碗を香に差し出す。
「何時もより、早いわね」
 香は微笑むと、茶碗を受け取りご飯をよそう。
 その様子は何時もと変わらず、僚は首を傾げた。
 ふと、隣の和斗を見る。
 一瞬困った表情を浮かべた和斗に、益々不振に思いながらも香の様子を観察する。
 僚に茶碗を渡すと、また香のおかず勧めが始まった。
 異常と思えるくらいの勧め方に、僚が香を止めようと思った時に和斗が声をかけた。
「香、香」
 和斗の声に、不思議そうな顔で手を止める。
 その表情からして、無意識に和斗に勧めていたのだろう。
「大丈夫だから。ちゃんと美味しいよ。槇村より」
 苦笑しながらも優しくそう言う和斗に、香が嬉しそうに微笑む。
 香の不審な行動の理由に思い至った僚も苦笑を浮かべる。
「だって、和兄いつも兄貴の手料理食べてたじゃない?だから心配で・・・」
「お前、そんなに槇村のとこ通ってたのか?」
 僚の言葉に、和斗が首を傾げる。
「そんなに通ってなかったと思うぞ。・・・週3くらいだっけ?」
 同意を求めるように、香にふる。
「確かそんなもんだったと・・・なんせ入れ代わり立ち代り、いろいろ来てたから・・・兄貴の友達が・・・」
 その言葉に、和斗が懐かしそうに答えた。
「あぁ・・・あの頃はいろいろ入り浸ってたからね・・・みんな」
「そうそう。あたし、いろんな人に遊んで貰ってたわよね・・・」
 懐かしそうに言う、香を見て僚は内心納得した。
(こいつの男勝りな性格と、人を疑う事をしらない部分はここからきたのか・・・)  
 不埒な考えを察知した香が僚の頭上にミニハンマーを炸裂させた。

「それにしても、初めてよね。和兄と一緒にお酒飲むのって」
 和斗が持って来たワインを注ぎながら、香の嬉しそうな顔をしていた。それとは対照的に、僚は面白くなさそうである。
 それに気づいた香が、僚に文句を言う。
「そりゃ、僚は昔っからよく飲んでるから何とも思わないのかもしれないけど!」
 どこか鈍いその言葉に、和斗は苦笑した。
「そうでもないよ。再会してからだよな?こうやって飲むようになったのは」
「そうなの?でも、和兄と僚は昔っから・・・」
「・・・こいつ引き取った時は俺に余裕がなかったから・・・誰かとつるむとか一緒に過ごすとか考えられなかったからね・・・」
 懐かしそうに和斗が語る。
「引き取ったって・・・俺は別に頼んでないし、引き取られた覚えもない!!」
「俺だって面倒見る気なんてなかったさ。現に、最初は断ったんだから」
「え?じゃぁ、どうして?」
 不思議そうに香が聞く。
「だって、引き受けないと教授が実験台にするって言うんだぜ!」
 和斗の言葉に、僚が口に含んでいたウイスキーを吹き出した。
「お前はそんな理由で、俺を引き取ったのか!?」
 その言葉に、香が吹き出した。
「何だよ?」
 僚はわけが分からないといった顔で、香を見る。
「僚、気づいてないの?」
「?」
「さっき、自分は引き取られた覚えは無いって言ってたのに・・・今、引き取ったって言ってたわよ!」
 とたんに、僚が嫌そうに顔を顰めた。
「心の底では、感謝してるんじゃないの?和兄に」
「んなわきゃねぇだろ?こいつのせいで、俺は毎日気が休まる事なんかなかったんだからな!」
「なんで?逆に安心できるんじゃないの?」
「毎日毎日、こいつの銃が欲しいマニアの襲撃があるんだぞ?しかも、何故か毎回この野郎はまるで知ってるんじゃないかって言うくらい居やがりやしねぇ」
「ほ〜そういう事を言うわけ。んじゃ、俺も言わしてもらおうかな・・・あの事」
「な・・・なんだよ?」
 少しビクつきながら、和斗が訪ねる。
「お前がよく迷子になった時に迎えに行ってやったのは誰だっけな〜」
「迷子!?プロが迷子!!」
 お腹を抱えて笑い出した香に、僚は顔を真っ赤にして抗議した。
「しかたがないだろ!!日本に来たばかりで右も左も分からない状態だったんだぞ!」
「だったら、女のケツなんか追っかけるなよ」
 呆れた顔と口調で和斗が言う。
「俺は真剣に発信機を付けようかと思ったぞ」
「真剣にって・・・本気で付けたじゃねぇか!!」
「嘘でしょ!あんたが発信機に直ぐに気づかないなんて・・・!しかも・・・ぷっ・・・あんたはどこぞの迷子犬か!!」
 可笑しすぎて悶絶している香に、僚は嫌そうに言った。
「お前ら、思考回路が同じ」
 その言葉に、香は笑いを抑えて僚を見た。
「発信機を元にして、俺を探した時の第一声が正しくそれだったんだよ」
 僚の不機嫌さなどお構いなしに、リビングには香と和斗の笑い声が響いた。
「だってさ!お前、俺が迎えに行かなかったら、迷子先の路上で寝てるんだぞ!?まさに迷子犬だろうが!!」
 その後の冴羽家では、過去の恥ずかしい話の暴露大会に突入したのは言うまでもない。

「珍しいわね。あなたが気持ちよく酔うなんて。・・・何十年振りかしら?」
 帰宅してソファーに寝転んでいた和斗を見て、寛弥は嬉しそうに訪ねた。
「久しぶりにいい酒が飲めたよ」
 和斗のその言葉に、寛弥の表情が先程の嬉しそうなものから、辛そうなものに変わった。
「どうした?」
 その様子を不思議そうな顔で見ながら、和斗が尋ねた。
「別に。ただ、あたしと飲んでも酔わないのに、香さんが一緒だと酔えるのね・・・」
「まぁ、お前と一緒じゃ酔えんわな」
「あたしと飲むのは楽しくない?」
 寂しげな表情に、和斗は軽いため息を吐いた。
「いいか、酔った勢いとして一度しか言わないからな!俺はお前と一緒に飲む時は酔えないの!理由は・・・」
「理由は?」
「お前と一緒の時に俺まで酔っ払ったら、誰がお前を守るんだよ」
 ぶっきらぼうだが、愛情の篭った言葉に、寛弥は極上の微笑みを浮かべた。