香水
(どれにしようかな・・・)
長身のショートカットの女性が、先程からショーケースの中を見ていた。
ケースの中には、大小様々な形の色とりどりの瓶が並んでいる。
「香水買うの?香さん」
突然、背後から名前を呼ばれた女性は驚いた顔で振り返った。
「寛弥さん!?」
香は名前を呼んだ女性の顔を見て、小声で叫んだ。
まさかこんな所で出くわすとは思いもしなかったのだ。
「見てただけよ」
香は慌てて否定した。
自分でもガラじゃないと思ったからだ。
「残念。似合うと思うんだけどな・・・」
寛弥の言葉に、香は遠慮がちに呟いた。
「本当にそう思う?」
その言葉に、寛弥が怪訝そうな顔をした。
「何かあった?香さん」
「あったっていうわけじゃないんだけど・・・」
言いにくそうな香の様子に、原因を察知した寛弥は近くの喫茶店に入る事を勧めた。
「で、今度は冴羽さんと何があったの?」
「え!?何で分かったの?」
寛弥の言葉に、香が驚いて目を見開いた。
香には悪いが、彼女が落ち込んでいたり悩んでいたりすると大概は僚がらみだというのが周りの共通意見である。
「冴羽さんが何か言った?」
「言ったってほどじゃないんだけど・・・」
言いにくそうに口篭もる香を見て、寛弥には大体予想がついた。
どうせ、動揺して心にも無い事を口走ったのだろう。
(和斗も、そういった事もちゃんと仕込んどいてくれればいいのに・・・)
寛弥はそう思いながら、軽く溜め息をついた。
「ねぇ、一番安い香水を教えてあげましょうか?」
突然の寛弥の言葉に、興味津々で香が身を乗り出した。
「お風呂上りに、冴羽さんに会えば分かるわよ」
「僚に?」
「そう。ポイントとしては、髪を少し湿らせておくこと」
どうしてそれが香水と関係があるのだろうか?
香はわけが分からないといった顔をした。
「いや〜飲んだ飲んだ・・・僚ちゃんただいま帰りました〜」
ほろ酔いかげんの男が一人、上機嫌で玄関の扉を開けた。
「何だ?あいつ、まだ起きてるのか?」
よく知る気配を感じた僚は、小声で呟く。
しばらく気配を探っていると、どうやら探し人はお風呂場にいるようである。
ここはやはり覗くべきか、それとも楽しみは後にとっておくべきか・・・
僚は悩みつつも、とりあえずリビングに足を向ける。
そして、ソファーに身を投げ出すように倒れ込んだ。
「帰ってたの?」
リビングのドアが開くと同時に、同居人が驚いて声をかけた。
「珍しいわね。あんたがこんなに早く帰って来るなんて」
香は僚の傍に近寄った。
「お前こそ、珍しい時間に風呂に入ってるじゃないか」
「ちょっと、テレビ見てたら遅くなっちゃった」
「髪、ちゃんと拭かないと。風邪ひくぞ」
僚は上半身を起こすと、香の肩にかかっていたタオルを手に取った。
空いたスペースに香が腰掛ける。
香の髪を拭いていると、シャンプーの匂いが僚の鼻についた。
微かに石鹸の香もする。
それらの匂いが、まるで自分を誘っているようで・・・
僚はすぐにでも押し倒したい衝動を必死で押さえ込んだ。
タイミングが重要なのだ。少しでも間違えれば、ハンマーの餌食である。
「そう言えば今日ね、寛弥さんが言ってたのよ。一番安い香水を教えるって」
「安い香水?」
僚が手を止めて香に聞いた。
「うん・・・。お風呂上りに、僚に会えば分かるっていうんだけど・・・」
香は『分かる?』というように、上目遣いで僚を見た。
「お前・・・」
僚はそう呟くと、香の肩に額を乗っけてもたれかかった。
「ちょ・・・!?」
突然の事に香が驚く。
「お前、鈍すぎ」
僚はそう言うと、たまらないという様に笑い出した。
「ちょっと、僚!」
香が抗議の声をあげる。
自分が分からなくて、僚が分かっているという事に無償に腹が立つ。
「香水ってどういう字書くか知ってるか?」
僚は顔を上げると、真っ直ぐ香を見つめた。
「香る水って書くんだけど・・・」
僚はまだ湿っている香の髪の毛を一房手に取ると、そう呟いた。
そして、その手を香の頬にあて、そっと耳元で囁いた。
「まぁ・・・この場合は香水っていうよりも、媚香だけどな・・・」
その言葉で、やっと寛弥の言わんとする事を理解した香の顔が真っ赤になった。
「せっかくの寛弥ちゃんの好意を受け取らないのは悪いよなぁ、香ちゃん」
意地悪く囁くと、僚は素早く香を抱きこんだ。
「そんなもん受け取らなくっていい〜!!」
香は何とか僚から離れようと暴れる。
が、男の腕はビクともしない。
「・・・他の男の前でするなよ。そんな格好」
「誰がするか!っていうか、もう絶対しない〜!!」
月明かりだけのリビングに、香の絶叫が響きわたった。
「何か楽しい事でもあったのか?」
帰宅した妻の上機嫌な様子を見て、和斗は不思議そうに尋ねた。
「今日ね、香さんにてっとり早い香水を教えてあげたのよ」
「てっとり早い香水?」
そんな物あったか?という顔を和斗は浮かべる。
「お風呂上りに、冴羽さんに会えばわかるって言ったの。だって、冴羽さんって据え膳喰わないタイプじゃないでしょ」
その意味を的確に理解した和斗が呆れた口調で言った。
「お前、それ香水じゃなくて媚香じゃないか?」
「そうとも言うわね」
寛弥はニッコリと微笑んだ。
「・・・香で遊ぶのはやめろ」
和斗がポツリと呟く。
「だってかわいいんだもの香さん。今時、貴重よ。あんな人」
その言葉に、和斗は盛大なため息をついた。
言い訳:め〜様からのリクエスト「香水」
香水なんかあんまりつけないカオリンの香水はやっぱり
これかな・・・と思いまして。
でも、僚ちゃんにとっては、誘ってるようにしか見えないんだろ うな・・・
め〜様、こんなんでどうでしょう?