風と天気予報

「何してんだ?こんな所で」
 冴羽僚は、立ち寄った公園のベンチの先客にそう言った。
「それはこっちのセリフだ」
 保科和斗は、苦笑すると体をずらして場所を空けた。
 空いたスペースに、僚がドッサッと座り込む。
「飲むか?」
 和斗は新しいビール缶を僚に差し出した。
 僚は差し出された缶に、少し驚きながらも素直に受け取った。
「どうしたんだよ?こんな時間にこんな所で・・・」
 僚は不思議そうに和斗に聞いた。
 深夜の公園。春とはいえ、夜はまだ冷える。
 そんな所で、ベンチに座りながらビールを飲んでいる男が一人。
 怪しい以外の何者でもない。
「仕事の帰り。何時もここで飲んで帰るんだよ」
 その言葉に、僚は眉をしかめた。
 確か、前にも似たような事を言っていたはずだ。
 もっとも、飲んでいたのはビールではなく缶コーヒーだったが・・・
 表と裏。どちらの仕事の帰りにもこうして一人で物思いにふけっている男。
 ひょっとしたら、この男は自分よりも深い闇を飼っているのかもしれない。
 そんな気がした。
「そういうお前はどうなんだ?」
 和斗の問いに、僚がニヤリと笑った。
「俺も同じだ。仕事帰りに飲みに行こうとしたら、偶然お前を見かけてな」
「酒の匂いじゃ誤魔化しきれんだろ、硝煙の匂いは」
 そんなことは分かってるというように、僚は肩を竦める。
 それっきり何も言わない和斗に、僚も黙ってビールを飲んでいた。
 思えば奇妙な取り合わせだ。
 香のために殺しを表立って請け負わない自分と寛弥のために殺ししか請け負わない和斗。
 惚れた女のために生き方を変えた男と昔に戻った男。 
だが、どちらも裏世界の名声を欲しいままにしている。
 決して相容れる事のない自分達を繋ぎ止めているのが、たった一人の女性の存在である。
 それもまた不思議なものだ。
「なぁ・・・彼女を残して仕事に出かけるってどんな気持だ?」
 沈黙を破った僚を、和斗がちらりと横目で見た。
 この男も変わったものだ。
 昔なら平気で血と硝煙の匂いをまとっていたのに、今は可能な限り誤魔化そうとしている。たった一人の女性のために・・・
「俺に聞かなくても分かりきっている事だろ?俺に一体何を期待している?」
 淡々としてはいるが、どこか怒ったような和斗の口調に、僚が失言に気づいて青ざめる。
 自分は一体何を和斗に期待しているのだろうか。
 自分とは正反対の言葉を期待しているのだとしたら、この男をバカにしている。
 この男もまた、自分以上の苦しみを抱えて生きているのだ。
「香にでも泣かれたか?」
「あいつは俺の前じゃ泣かんよ」
 僚の寂しげな口調に、和斗も寂しそうに微笑んだ。
「あれは、泣いたところでどうにもならない事を知っているからな」
 その言葉に、僚が不思議そうな顔をした。
「どうして香ちゃんの所は、参観日にお兄ちゃんが来るの?どうして香ちゃんはカーネーションの色が違うの?どうして・・・どうして・・・子供は素直に疑問に思った事を口にするからね。時に残酷なくらいに・・・そのたんびに、泣く香を槙村と2人でなだめたものさ。それに、せっかくの誕生日も槙村の仕事で一人っていうのもざらだったしな」
「止めは俺が刺したし・・・」
 僚の自虐的な呟きに、和斗は優しく微笑んだ。
「それでも、お前がいただろ。俺に寛弥がいたようにさ」
「・・・」
「憎まれようが疎まれようが、最後まで一緒にいてやれ」
「何だよ?それ・・・」
 僚の何ともいえない顔を見て、和斗が可笑しそうに笑った。
 分からないのならそれでいい。何時かその意味が分かる時がくるだろう。
「しかし、お前が女の一挙手一投足に振り回される日がこようとはね!!」
「お互い様だろうが!」
 僚がムッとした口調で和斗に怒鳴る。
 この男もまた寛弥に頭が上がらない事を教授から聞いて知っていた。
「全くだ。まさか自分が天気予報になるとはね・・・」
「?」
「何時だったか、世話になった人が言ってたんだよ。男女の仲は風と天気予報だって」
 キョトンとした顔で僚が和斗を見る。
「その人曰く、女は恋愛をすると心の中に風を飼うんだと。女が怒れば台風に成長し、嫉妬に狂えば北風が吹き荒れ、嬉しそうなら穏やかな風が吹く。その風に影響されて、彼女のまとう空気は天気になるんだ。男はその天気を予想しながら、女の機嫌を取ったりとばっちりを食わないように日々を行動する」
「言ってる事はわかるが・・・それと天気予報とどういう関係があるんだ?」
 僚の言葉に、和斗がニヤリと笑った。
「当たる確立は天気予報と同じだ」
 その言葉を聞いたとたん、僚が腹を抱えて笑い出した。
「俺、好きだわ。その人」
 僚の脳裏に、ころころと表情を変える香の顔が浮かんだ。
 言われてみれば、確かに天気予報だ。
「だろ?俺も聞いた時は妙に納得したもんだ」
 そう言って穏やかに笑う和斗。
 そんな和斗に、僚は缶を差し出す。
「俺達の天気に!」
 カチンと軽く缶を合わせる。
 
 ――――こうしてまた語りあえる日々に感謝して。 




言い訳:梨花様からのお題「風」
     何か全然違うような・・・
     とりあえず風=女性の心と考えました。
     もちろん、2人の思い人の事です(笑)
     梨花さん、いかがでしょう?