初恋
「ねぇ、初恋って何時?」
何気ない美樹の一言に、その場に居た男性陣のグラスを持つ手が止まった。
営業終了後のキャッツ・アイでは、珍しく常連メンバーが揃っていたため簡易バーに早代わりしていた。
「初恋か・・・」
昔を思い出すかのように、麗香が呟く。
「ねぇ、何時?香さん」
美樹の言葉に、香の表情は引きつった。
「・・・酔ってるでしょ、美樹さん・・・」
ほんのり赤くなった美樹の顔は誰が見ても、既に出来上がった酔っ払いだった。
「あら?酔ってないわよ〜。ねぇ、冴羽さん」
そう言って寄りかかってきた美樹を、僚もまた引きつった顔で見た。
酔った美樹ほど手におえないものはない。
「何時なのよ!冴羽さん!!」
怒気の篭った声に、僚の体がビクッと反応する。
助けを求めるように周りを見るが、一斉に視線を外される。
「ミックなら色々ありそうだぞ」
美樹の追求の矛先を、僚はミックに向ける。
話しを振られたミックはたまったものじゃない。
愛想笑いを浮べながら、どうやってこの場を切り抜けようか考えていた。
「しゃべれないくらい沢山あるのかしら?」
不機嫌な・・・それでいてよく知っている声を聞いて、ミックの背に冷たいものが流れた。何時の間にやら出来上がったのか、ミックの恋人であるかずえが据わった目を向けていた。
「わりぃ。俺、寛弥迎えに行って来るわ」
そう言って、先にリアクションを起こしたのは和斗だった。
彼は立ち上がると、ドアに向かって歩いていった。
「ちょっと、待て!」
僚が真剣な顔をして懐のパイソンに手を伸ばした。
「いいぞ、僚!付き合いの悪い奴には、一発お見舞いしてやれ」
ミックも和斗の行動を理解して、僚に荷担する。
「寛弥さんなら、冴子さんと一緒に来るって言ってたから大丈夫よ」
今にも銃を抜きそうな勢いの僚を止めるかのように、香が言った。
タイミング良くドアが開く。
「遅くなって・・・」
そう言って店に足を踏み入れた寛弥は、何ともいえない店の雰囲気に、続く言葉を飲み込んだ。
所在無く立ち尽くしている我が夫と目が合う。
さすがと言うべきか、長年培った呼吸で瞬時に和斗の意図を汲み取る。
「あ!あたし忘れ物してきたわ。ゴメン、和斗。ちょっと乗っけてって」
その言葉の意味を一瞬で理解し、これまた目で会話をした僚と香が素早く和斗と寛弥の腕を取った。
「いいじゃない。明日でも」
香はそう言うと、先に寛弥を自分達のテーブルに連れて行った。
こうなれば、和斗もあきらめるしかない。
和斗は一蓮托生と言わんばかりに、一人逃げ出そうとした冴子を捕まえて元の席に戻った。
「一体何なの?この雰囲気は・・・」
冴子が小声で僚に聞いた。
その言葉に苦笑しながら、僚は冴子のグラスにビールを注いだ。
隣のミックを見れば、飲まずにはおれないと言った様子でビールを流し込んでいる。
「姉さんの初恋って何時?」
麗香の言葉に、冴子は危うく口に含んだ液体を吹き出しそうになった。
寛弥もその言葉に固まる。
かくして、キャッツ・アイでは・・・・
カウンター席に陣取った、初恋奇談を聞きだがっている既に出来上がったメンバーとボックス席に陣取った、意地でも喋りたくない素面のメンバー。そして、唯一中立というか、誰も話しを振らないカウンター内の海坊主という世にも奇妙な構図が出来上がっていた。
「ねぇ、香さんの初恋って何時?」
美樹の再度の問い掛けに、香は黙ってやり過ごそうとした。
「案外、冴羽さんだったりして〜」
酔っ払っているかすみの言葉に、危うくビールを吹き出す所だった。
「え!?そうなの、香さん!!」
美樹が喜々とした顔で聞いてくる。
香は助けを求める視線を僚に向ける。
しかし、僚にはどうする事も出来なかった。
(後でハンマーでも何でも受けてやる!だから、頼むから俺に話しを振るな!!)
僚は内心そう叫ぶと、さりげなく香の視線から逃げる。
ミック達も助けてやりたいが・・・自分に矛先が向くのは遠慮したい。
「そういう美樹さんはどうなの?初恋」
見かねた和斗が助け舟を出した。
「あたし・・・?あたしはね・・・ファルコン」
美樹は嬉しそうに微笑んだ。
それを聞いた海坊主が真っ赤になる。
とたんにノロケ出した美樹に、素面メンバーが安堵の溜め息をついた。
当分はこれで大丈夫だろう。
「ねぇ、どうする?」
冴子がうんざりした顔で、僚に小声で呟く。
「どうするって言われてもな・・・」
僚は小声で呟くと、香と視線を合わせる。
その時、冴子の携帯が鳴った。
冴子は2、3相手に返事をすると立ちあがった。
「ごめんなさい。急に仕事の呼び出しがあって、これで失礼するわ」
冴子は心からすまなさそうな声でそう告げる。
その様子を見ながら、ミックが僚に小声で話しかけた。
「おい、見たかよ。冴子の奴!」
「ああ、しっかり見たさ!携帯が鳴ったなんて大嘘じゃないか!!」
「役者だよな・・・自分の携帯のアラームであたかも電話がかかってきたかの様に芝居をし、尚且つ申し訳無さそうに言う」
「見ろよ、あの顔と言葉を裏切るくらいに全身からにじみ出ている喜々としたオーラ・・・」
会話を続けようとした僚とミックを、冴子はすさまじい殺気の篭った睨みで黙らせる。
その視線を受け、石のように固まった僚とミックを満足そうに眺めると、冴子はさっそうとその場を出て行った。
まぁ、内心は早くこの場を立ち去りたかっただけだろうが・・・。
次に行動を起こしたのは、和斗だった。
「悪い、タバコ買って来てくれ」
和斗は自分の上着に、目的の物が見つからなかったため、寛弥に言った。
「何であたしが?自分で言ってこればいいでしょ!ここから自販機まで距離があるのよ!!」
寛弥は嫌な顔をして抗議する。
「めんどくさい」
その言葉に、寛弥が溜め息をつく。
「めんどくさいって・・・もう!」
寛弥はしぶしぶといった感じで立ち上がった。
「香〜俺も頼むわ」
僚の言葉に、香が凄く嫌そうな顔になる。
「何でよ!自分達で行ってこればいいじゃない」
「いいから、行って来い」
香の抗議の声も、和斗と僚の一言で却下される。
香はじぶじぶ立ち上がると、寛弥と連れたって店を出て行った。
2人が出て行った事を確認すると、僚と和斗は熱心にミックに酒を勧める。
そして、頃合を見計らってまず僚がそっと気配を殺して店の入口に逃げる様に近寄っていく。
「やっぱり、昔っからモテたんだよなぁミックって」
ミックがほろ酔い加減になった所で和斗が話しを振った。
その手の話しなら、周りがうんざりするぐらい話したがるミックの事。嬉しそうに語りだした。周りもミックの話しに気をとられている。
和斗はそっとその場から離れると、僚と一緒に店を後にした。
「ねぇ、何か今ドアが開く音しなかった?」
麗香の問い掛けに、かすみが対して気にもとめないというように答える。
「香さん達がかえってきたんじゃないんですか?」
「2人共、まだだぞ」
海坊主の言葉に、一同ハッとして周りを見渡した。
「あ〜僚と保科さんがいない!!」
その瞬間、店内に大音響が響き渡った。
「今日は離れた所に車を止めて正解だったな」
和斗は乱れた息を整えながら、僚に言った。
「こっち、こっち!」
先に来ていた寛弥と香が2人に分かるように大きく手を振る。
「まさか、美樹さんがああも酒癖が悪いとはな」
和斗は思い出して溜め息をつくと、傍に寄ってきた寛弥に言った。
「あんま飲ますなよ」
僚も香に言う。
「しかし、何で急に初恋の話しなんか聞きたがったんだろうな」
僚の問いに、和斗が答える。
「案外、テレビでそれらしい番組を見たか本で読んだかのどっちかだろ」
和斗の答えは結構的を得ている。
(よかった・・・僚にバレなくて・・・)
(香に知れた日には、一生頭が上がらなくなる・・・)
(悔しいから、絶対教えてやるもんですか・・・!)
(今更恥ずかしくてそんな事話せるか!)
それぞれが様々な思いを抱えている。
ともかく、初恋の話しなんか出来るわけが無い。
それが、4人の共通の意見だった。
果たしてこの人物達の初恋の相手が誰だったのかは・・・神のみぞ知る。
言い訳: ムツゴロウさんからのキリリク。
果たしてリクエストに添えたのかどうか・・・