
色内町を中心に北のウォール街と呼ばれる地域があります。
一帯にひときわ大きく、重厚な石造りの歴史的建造物が多数存在しています。
それらは明治期から大正、昭和初期に建造されたもので、銀行の支店、商社が多く、当時の小樽経済の強大さがわかります。
最盛期、19を数えた本州銀行の支店は、今となっては数えるほどしかありません。
日本銀行小樽支店も、とうとう業務を停止し、最近銀行の博物館として生まれ変わりました。
建造物のすべてを紹介するわけにはいきませんが、出来るだけ紹介していこうと思います。
![]()
旧北海道拓殖銀行小樽支店 色内町一丁目
大正十二年に建造された鉄筋コンクリート造りであるが、一見すると石造りに見えます。
一階から二階にかけて一部吹き抜けになっており、ギリシァ調の円柱6本が立てられています。
この空間や玄関の柱を見ていると、当時の銀行が、いかに権威と格調を重視していたかが、よくわかります。
旧北海道銀行本店 色内町一丁目
明治四十三年の建造で、日銀小樽支店の斜め向かいにあります。
イタリアルネッサンス様式で、窓のアーチがリズミカルに並んでおり、窓枠のまわりに、石のブロックで囲むという凝った造りですが、全体像は何故か地味に見えます。
屋根には落雪防止の設備【ただの丸太を吊ったもの】が見られるのは雪国ならわでしょう。
旧拓銀小樽支店の玄関から比べると、ここの玄関は少し控えめなのは不思議です。
日本銀行小樽支店 色内町一丁目
北のウォール街を象徴する建物の代表がこの日銀小樽支店と言えるでしょうか。
東京駅を設計した辰野金吾の設計により、明治四十五年に完成。
銀行の権威を最大限に表現した、まさに堂々とした
建物で、正面には四つの小ドーム、南東には大ドームがそびえています。
北の果ての地方小都市小樽に、このような日本銀行の支店が出来たのは、いかに当時の小樽経済が、日本経済の中で重要な位置を示していたがよくわかります。
残念ながら銀行としての役割は最近終え、博物館として生まれ変わりました。
一億円の札束にふれることが出来たり、大金庫にも入れるとのことです。
日本銀行小樽支店 色内町一丁目
小ドームとはいえ、よく見るとまことに堂々とした造りに驚きます。
薄いグリーンに見えるのは銅販張りの為でしょうか。
機能万能の現代にはあり得ない付属物を見ていると、現代建築物が数十年後、同じような感慨がもてるものが果たしてあるのか疑問に思えます。
経済と機能優先に文化は生まれません。
旧三菱銀行小樽支店 色内町一丁目
大正十一年建造で、一階にはタスカンオーダーといわれる重厚な太い柱が林立しています。
二階から上は、がらっと雰囲気が変化し、明るいタイル張りとなっており、ぐっとモダンに感じます。
上部だけを見ていると、最近建築されたものといわれても納得してしまうでしょう。
これは、昭和十二年に改装されたときに張り替えられたとのことで、最初は暗褐色とのことです。
いずれにしても日銀小樽支店とは対照的で、当時としては超モダンな建物だったのは確かでしょう。
旧第一銀行小樽支店 色内町一丁目
大正十四年に建造されたルネッサンス調の建物です。
他の凝った造りの銀行建築に比較し、かなり地味に見えますが、重厚な感じは感じます。
しかし、もともと外観に三階までの大円柱が立っていたとのことです。
旧越中屋ホテル 色内町一丁目
昭和五年建造のコンクリートとガラス、そしてタイル張りのモダンな建物です。
玄関の大きなひさし、垂直にそびえるガラスの塔は現代ビル建築様式のはしりでしょう。
玄関のひさしは、もともと二本の支えの柱が存在していなかったとのことですが、ちょっと怖い感じがしますね。
ダイニングルームや玄関の窓には、見事なステンドグラスがもうけられ、見る者を飽きさせません。
昭和モダンを象徴する建物といえましょう。
小樽商工会議所 色内町一丁目
昭和八年建造の鉄筋コンクリートの造りで、外観はベージュ色の石張りとなっています。
旧越中屋ホテルと同様な時期の昭和モダンを強く感じます。
外観には凝った装飾はあまりありませんが、内部の造りは、重厚な扉、ステンドグラスと、さすがの造りです。
旧川田商店 色内町一丁目
昭和八年の建造の超モダンな建築です。
外観はえんじ色のタイルを張り、正面には凝ったテラコッタで、当時はずいぶん派手に感じていたろう。