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様々な理由により、小樽の現地から北海道開拓の村へ移築された建築物が三棟あります。
本来であれば現地にあってこそ歴史的価値があるのだと言えますが、解体せざるを得なかったものが無数にあっただけに、移築されたものは、まだラッキーだったのかもしれません。
旧手宮駅長官舎
明治17年建造のこじんまりとした駅長の官舎です。
小さいながら立派な作りで、当時の駅長の社会的地位が想像できます。
旧青山家漁家住宅
他のコーナーでも紹介していますが、大正8年に祝津海岸に建てられた番屋です。
ニシン場所としての建築設備か゜揃っているのは貴重です。
旧小樽新聞社
小樽新聞社は明治27年に発刊され、昭和17年に北海道新聞社に統合されました。
明治42年に建造された木骨石張りの堂々とした建物です。
これは既に死滅に近い印刷用活字の棚です。
現在は写真製版になって、ほとんど使用されていないでしょう。
当時は一字一字拾って組んでいたので、その作業は大変なものでした。
小樽新聞社を下から見上げた光景は、新聞社の権威を感じさせます。
旧三ます河本そば屋
明治42年建造の大規模なそば屋です。
二階まで客席があり、宴会場も備えていました。
今で言う高級レストランに当たるのかもしれません。
河本そば屋の入り口は天井が高く、まことに堂々としています。
衝立は木彫りのかなり凝った作りになっており、店の格式が想像されます。
引きも切らない客を、次から次にさばいていた厨房は大きく、戦場のような忙しさだったのでしょう。